第35話

 いよいよ出発が間近に迫り、それに先立って、戦没者追悼式が行われた。もう、ヘルマ側もそうでない者も、区別はなかった。人々の胸には等しく平和への想いだけがあった。

 慰霊碑と墓標の列が並ぶ丘の向こうに、夕陽が沈もうとしていた。


 船団はヘルマを離れ、外宇宙に出て、数日が過ぎた。予定通りの順調な航海だった。モーリスはほとんどベッドから離れられなかったが、落ち着いた状態ではあった。

 ラディはモーリスが眠ったことを見届けると、そっと部屋を出た。

(今日こそ…見つかりますように)

 船のデータセンターで、船団の乗船リストを検索する。他の3人がこの中にいるのではないかと考えたからだった。

 検索システムが、ピッと音を立てて表示したのは…。

(……!)

 ラディは画面をたどり、もう一度確かめた。指が震えた。

 そこにはディープの名前があった。

 船団の中、別の船にディープがいる!


 息をはずませて、走って部屋に戻ったラディだったが、しかし、眠っているモーリスの顔を見たとき、思い直した。

(今はまだ…言えない。ごめん、モーリス)

 今、モーリスを喜ばすことよりも、後で落胆させるようになったらと怖かった。まだ確実なことではなかったから。

 そのとき、船が突然、激しくガクンと揺れた。

「わっ!」

 ラディはバランスを崩し、床に膝をついた。モーリスが目を覚まし、身体を半分起こした。

「どうしたの?」


 ——部屋が暗転した。


 その頃、操縦室では、乗員の声が飛びかっていた。

「機関停止!機関停止!」

「補助動力に切り替えろ!」

「出力が足りません!」

「Bブロックの電力供給を一旦中断するんだ!」

 それは、一部客室の停電を意味した。

「船長!」

 抗議するような口調の若い技師に、

「かまわん。私があとが説明する」技師長に向かって、「オーティス君、頼む」

「ハッ!」

 オーティス技師長は敬礼すると、あわただしく数人の技師を伴って、出て行った。


 暗い室内で、ラディとモーリスはそのままじっとしていた。閉じたドアを通して、人々のざわめき、物音がかすかに聞こえてくる。やがて、明かりが戻った。

 モーリスはうつむいて、少し考えたあとで、

「何か…トラブルが起こったんだよ。たぶん…」

 そのとき、船内放送のメロディとともにモニターがついた。画面にはひとりの男が映っていた。

「私が船長のセイヤーです。ただいまの揺れは機関トラブルによるもので、補助動力への切り替えのため一部停電しました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。全力を尽くして、復旧にあたっておりますので、ご心配には及びません。そのまま落ち着いてお待ちください。以上です」


 しかし、その後、数時間が経過しても、船は動き出す気配を見せなかった。


「…ねぇ、ラディ。ひとつお願いがあるんだけど」

 それまで、窓外の変わらない宇宙空間を見ていたモーリスが、ベッドから身体を起こして言った。

「荷物から僕の端末を出してきてくれないかな?」

 ニューホープ号から持ち出せた数少ない物品の中に、それはあった。ラディは思わず、心配そうな顔をしたらしい。

「そんな顔しないでよ」モーリスは笑って、「気になるから調べたいんだ。大丈夫だよ」


 預けている荷物を取りにいくために、通路を歩いていたラディは、

「このデータによれば…」

「技師長が…」

 聞こえてきた会話に足を止め、ふりむいた。すれ違ったふたりの乗員が、タブレットを手に熱心に話しながら通り過ぎた。

 ラディはそっとそのあとをついていった。

 ドアが開き、入っていくふたりのあとから、彼は室内にすべりこんだ。すばやくそばの機械の陰に隠れる。別の乗員の足がその前を通り過ぎた。ラディは室内の様子を伺った。

 室内は様々な機器、モニターでいっぱいだった。正面の大型スクリーンに船の内部構造図が表示され、赤いランプがいくつも点滅している。技師らしい乗員が、何人も忙しく作業している。

「Dブロックのチェックはまだか」

「それが、ダブルチェックしているのですが…」

「クソッ!どこに問題があるんだ!」

 まだ原因もつかめていないことに、ラディは驚いた。

「そのまま作業を続けてくれ。AIの解答は?」

「はい、先程の…」

 そこまで聞いたところで、前を通り過ぎる乗員のあとについて、ラディは部屋を出た。


 ラディが持ってきた端末をさっそく立ち上げながら、モーリスは話を聞いても驚かなかった。

「そう。そんなことだろうと思った」

 画面を見て考えこんでいるそこには、先程、大型スクリーンに表示されていた構造図があった。

「モーリス、それ…」

「え?ああ、メインシステムには意外と簡単に入れたよ」

 そのとき、また照明が数回またたいて、一瞬、消えかけた。


 モーリスは黙ってしばらくの間、端末を操作して確認作業を続けた。

「いや、違う…。これかな?」

 つぶやいていたモーリスの手が止まった。

「…ラディ」

 モーリスは画面を見つめたまま、思いつめたような口調で言った。

「この船の技師長に、ここに来てもらうことはできる?」モーリスはラディをまっすぐ見て、「今、起きていること、僕にはわかると思う。直接、個人的に話した方がいいと思うんだ。それでね、たぶん、全然相手にされないとは思うから。そのときは、僕の両親の名前を出して。僕がふたりの息子だと」

「モーリス!」

 それこそ彼にとってはいちばん避けたいことのはず、それをモーリスは逆に利用しようとしていた。

「いいから、お願い。そして、急いだ方がいいと思う」


 しかし、あらわれた技師長は、詳しい話を聞く前にいきなり怒りだした。

「話にならんね!いったい君達はバカにしているのかね?技師の資格としては最低じゃないか。貴重な時間をさいて、わざわざ来てみれば、…失礼する」

 足音高く出ていこうとするところを、

「待ってください。船はまだ原因もわからずに、こうして立ち往生しているんじゃないんですか?」

 ラディの言葉に、オーティスは愕然としてふりむいた。

「どうして、それを知っている…?」

「現状を隠していても、解決しないのではないですか?」

「それは我々だって、全力を尽くして…」苦しそうに顔を背けた。

 モーリスがはじめて口を開いた。

「全力を尽くして、ですか…。補助動力にも限界がありますよね?….これを」

 モーリスが示した画面を見て、オーティスの表情が変わった。

「話を聞こう」

 はじめは真剣とは言い難かったその態度が、いつしか熱心に身体をのり出し、討論するようになっていた。専門用語が飛びかい、ラディにはさっぱりわからない。

(彼はここでひとりでこれを?)

 オーティスは内心で舌を巻いていた。


 食事を取りに行って、戻る途中だったラディは、ふと見た窓の外の光景に、自分の目を疑った。船団の他の船がエンジンに点火し、次々と出発するところだった。

(そんな…!)

 ロビーの船内モニターの前に人が集まっていた。

「…以上の理由により、船団の他の船は先に出発することとなりました。本船も復旧次第、あとに続きます」


 ラディが部屋に飛びこむと、モーリスは端末の画面から目を離さず、

「ラディ?どうしたの?慌てて」

「どうして、そんなに落ち着いていられるんだ?モーリスは船内放送を聞いてないのか!?」

「ああ、そのこと…」

「そのことって…。知っていて…?」

 モーリスはうなずいた。

「この決定は、最終的には船長がしたんだ。予定より、少し到着が遅れるけれど」

「でも!」

「でも…何?」

 ラディは首をふった。

「…何でもない」

 モーリスは変な顔をした。

「変なラディ。言いかけてやめるなんて」

 ラディは本当は言いたかった。しかし、なんとか思い直した。

「モーリス。食事、ここに置くから」

「ありがとう」

 ラディは部屋を出ていった。

 画面を見たまま、ドリンクを取ろうと片手を伸ばしたとき、モーリスはテーブルの上にあった物を床に崩してしまった。

「あーあ」

 拾い上げながら、その中に一枚のパスカードを見つけた。

(『システムアクセスパス』って…どうしてこれを?ラディは何も言っていなかったはず)

 モーリスがパスカードを読み込ませると、IDとパスワードが承認されて、画面が開いた。

(使用状況、アクセス履歴…。あ!)

 乗船者リストの中に、ディープの名前があった。


 モーリスは先程のラディとの会話を思い返していた。言いかけたまま途中でやめたラディがいた。

(ラディが言いかけたことは…)

 そして、他の船が先に発進したことへの驚き。

(ラディ。君をそんな心配症にしたのは僕だね。いつもそうして僕をかばってくれる)

 それはふたりが出会ったときの約束、『何かあったら必ず守ってやる』があるから。今までいつもそうだった。


 作業しているモーリスの肩に、ふわっと上着がかけられた。

「あんまり無理するなよ」

 モーリスはふりむいた。

「…うん」

 少しためらったあと、やはり聞かずにはいられなかった。

「ねぇ、ラディ。どうして黙ってたの?」

 モーリスはラディにパスを差し出した。

(……!)

 ラディは受け取り、うつむいた。

「ごめん。だけど…」

 モーリスは首をふった。

「僕達が出会ったときに、僕に最初からあきらめないようにって言ってくれたのは、ラディだったよね?僕は今回の事、自分にできることがあるのに、黙って見過ごすことはできなかったんだ。だから、ラディにもわかっていることを言って欲しかった。この船はたぶんもう追いつけない。でも、僕は信じてるから、みんなのこと。大丈夫だよ。ごめんね、ラディ。ありがとう」

 ラディは何も言うことができなかった。


 やがて、船の発進時刻が近づいた。予想より復旧に時間が取られたため、追いつくことは難しいとわかっていた。

 操縦室では、緊張した空気が張りつめていた。カウントダウンが開始され、オーティス技師長は祈るように目を閉じた。

「エンジン点火!」

 かすかに動力音が伝わってかる。船尾が明るくなり、そして、エンジンが力強く動きはじめた。

 歓声があがる室内で、船長はオーティスを見た。

「よくやってくれた」


 船が動き出して安定航行に入った頃、モーリスの部屋を訪れた人物があった。

「オーティス君から聞いたのだが、今回は本当にありがとう」

 船長とオーティス技師長だった。

「いいえ。僕はできることをしただけです」

「ところでモーリス君」船長は続けて、「君は上級資格審査を申請するつもりはないだろうか?我々は喜んで推薦するよ」

 モーリスの表情がわずかに動いた気がしたのは、ラディの見まちがいではなかったと思う。

「お気持ちはありがたいのですが、お断りします」

「どうして!?君ならAAAトリプルエークラスでも可能だろうに…!」

 オーティスだけでなく、船長も、

「もう一度考えてみる気はないかね?失礼だが、君のご両親の件が問題だと思うだが。こういう機会はあまりないのではないかな?」

 モーリスはうつむいたまま聞いていたが、やがてまっすぐに見ると、

「その通りです。よくわかっているつもりです。だからこそ、僕は自分でやりたいと思います。僕は両親を信じていますし、それが両親に対する僕の気持ちですから」

 そう言って、モーリスは少し笑った。

「いつになるかはわかりませんが…」

 いつか、そんな日が来ること。それがモーリスの願いだった。

「よくわかった。たいへん失礼なことを言って、申し訳なかった。あらためて、今回は本当にありがとう」

 船長は立ち上がり、握手のために手を差し出した。

「がんばりたまえ。私にできることがあれば、いつでもチカラになるよ」

 オーティスもモーリスの手をしっかりと握った。


 ふたりを見送ったラディが戻ってくると、モーリスは言った。

「ねぇ、ラディ。わかってもらえたんだよね。僕はそれだけで充分だと思う」

 いつか、本当にいつかわかってもらえる日が来ること。それを、ただそれだけを信じてきたモーリスの選択が間違っていないと、ラディは信じたかった。


 窓の外、星の海の中を、ゼリオンに向けて船は進んでいく…。










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