第5章 いつかきっと
第36話
操縦室の窓からゼリオンが肉眼で確認できたとき、操縦士は思わず席から立ち上がっていた。
「見えた…!」
彼はふりむいて、船長を見た。
「船長!見えました!」
「おお…」
声にならないつぶやきが、船長の口からもれた。
室内ではそれぞれに立ち上がり、肩を抱きあう者、握手しあう者…等々、皆が喜びを分かちあっていた。
「帰ってきたんだなぁ…おい」
「とうとう来たんだ!」
スクリーンいっぱいにゼリオンがうつしだされ、ロビーで、あるいは通路の窓から、展望室で、人々はその星の姿に喜びあった。
長い航海だった。その負担が大きく、モーリスにはベッドの上に起き上がるチカラさえも残されていない、そんな状態だった。ふたりは部屋で、モニターにうつしだされたゼリオンを見ていた。
「…帰ってきたんだね」モーリスが言った。
「うん」
そうしてふたりはしばらく黙って、星の姿を見ていた。
「ねぇ、ラディ。着いたらすぐにメディカルセンターに行くんでしょう?」
「そうだよ。ドクターには連絡してあるし、緊張入院の手配がされてるって言ってたよ」
「そのことだけど…。ラディ、僕、自分で行きたいんだ」
「モーリス!それは—」
無理だと言いかけたラディを制して、
「わかってる。ラディの言いたいこと、よくわかっているんだ。自分のことだもの。でも今度、外に出られるのはいつになるのか…。お願い、ラディ」
今度の入院は長くかかることがわかっているのだろう。
「…わかった。ドクターに聞いてみるよ」
ラディは小さくため息をついた。モーリスの気持ちがわかり、なんとかしてやりたいと思ったが、自信がなかった。
到着した船を出迎える人々、乗客、乗員、再会を喜びあう人々の姿があちこちで見られる。荷物の搬出、走りまわるロボット、整備の車、その喧騒の中で、ラディは迎えに来てくれていたヴァンとようやく会うことができた。
「お帰りなさい」
ヴァンはそっとモーリスの身体を抱えあげた。小柄なその身体がいっそう軽く小さくなったように感じられた。
「…ごめんね。ヴァン。船を…残してきたんだ」
モーリスがつぶやいた。
ヴァンは首をふった。
「いいんですよ」ヴァンは繰り返した。「いいんですよ。おふたりとも、こうして無事に帰ってきたんですから」
ラディとふたりで、モーリスを少しでも楽な姿勢がとれるように乗せて毛布をかけると、ヴァンは運転席にまわった。ラディは荷物を積み終えると、モーリスの横に座った。
「…いいですか?」
ヴァンはモーリスに声をかけて、そっとエアカーをスタートさせた。
「まったく、よくここまで来られたものだ」
待っていたウィン医師は、少しあきれた様子だった。
「…すみません」ラディは小さくなった。
「まぁ、彼の気持ちを考えればわからないでもないが」
「それで、どうなんですか?モーリスの状態は」
ラディが尋ねると、ウィンの表情が厳しくなった。
「良くないね。今回はかなり時間が必要だと思ってもらった方がいい」
ラディの肩を、隣りで聞いていたヴァンが、無言でギュッとつかんだ。
「正直言って、後悔しているんだ。今回の航海に無理を押して送り出さなければ、こんなことにはならなかったと思って」
「そんなこと!」ラディは言った。「そんなことはありません。モーリスもドクターには感謝しているはずです」
「私もそう思います」ヴァンが言った。
「そうだといいんだがね…」
ウィンの表情が少しやわらいだ。
数日間は何が起きてもおかしくない状態だと、ウィンは言った。ふたりでさえ、モーリスに面会することは許されなかった。そして、最悪の状態をようやく乗りきり、クリーンルームを出ることができて、どうにか落ち着いたときには、数週間が過ぎていた。
ラディが心配なのは、モーリスのことだけではなかった。ここに来れば、少なくとも何かわかるだろうと思っていたが、ディープは立ち寄った形跡がなかったのだ。
ディープはどこにいるのだろう?ウィンに連絡もせずに。ラディは、第1次船団の中にディープがいたことを確かめていた。今、身体がふたつ欲しいと思った。
「ごめん。こんなときに、モーリスをひとりにしたくはないのだけど」
やっと少し話ができるようになったモーリスに、ラディは言った。ヴァンのすすめもあり、やはり行くことにしたのだ。残っていても、今、ラディにできることは何もなかったから。
モーリスは目を閉じ、眠っているように見えた。ラディは、モーリスが聞いているのか、聞いていたとしても理解できているのか、自信がもてなくなった。
ややあって、目を閉じたまま、「待ってるよ。ずっと…」モーリスはかすかに言った。「それしかできないけど…。信じてるから」
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