第33話
ヘルマ側、そして同盟側、両者の関係者が居並ぶ中、ゆっくりとそれぞれの代表が立ち上がった。そのふたりの手がしっかりと握り合わされた瞬間、無数のフラッシュがきらめき、ここに終戦協定が結ばれた。戦争の終結である。
ラディとモーリスは、部屋から窓の外を見ていた。夕陽がさしこみ、ふたりの影を長く伸ばした。
「きれいな夕焼けだね」
しかし、ラディは外を見たまま、何も答えなかった。
「ラディ?」
「ああ、ごめん。今、思い出していたんだ」
彼は再び外を見て、遠い目をした。
「宇宙港で船を整備していたときのこと…。そのときも、夕焼けがきれいで…」
ラディの中でふたつの夕焼けが重なった。ヘルマに向けて飛びたったのが、ずいぶん前のことのように思える。
モーリスがいないまま発進が決まり、準備していたとき、ラディはふと夕焼けに気がついて、手を止めた。汗をぬぐいながら、ひと息入れようと、空を見上げて大きく伸びをしたとき、背後に人の気配を感じた。
『ステフ。見て。夕焼けがきれいだよ』
通りかかったステフに声をかけると、驚いたことに、ステフは怒ったようににらみつけて、何も言わずに歩み去った。
「ステフは夕焼けが嫌いなんだって」ラディはかすかに微笑んだ。「ステフの両親の乗った船が墜ちたとき、夕焼けがとてもきれいだったんだ」
——廃墟のようになった街並み。その上に、落日の照らす光が美しく広がっていた。
ステフは涙のたまった瞳でその空をにらみつけると、走り去った。
「どこに気持ちをぶつければいいのかわからなかったから、ステフは夕焼けを憎んだんだね。誰のための、何のための戦争なんだ、そういう想いはきっと誰の心の中にもあると思う」
ふたりはしばらく黙ったまま、空の色が変わっていくのを見ていた。
「僕は夕焼けって、好きだよ」
少しして、モーリスが言った。
「燃え落ちて、それでもまだくすぶっている研究所の建物を前にしたとき、夕焼けがとてもきれいだったんだ。…すべてが無くなっても、夕焼けはとてもきれいで、世界は変わらずそこにあって、なんて美しいのだろうと、僕はそのときそう思った」
モーリスは、地平線に残る最後の光を見ながら、
「ねぇ、ラディ。僕達、もうすぐ帰れるわけだけど、その前にひとつだけやり残したことがあるんだ」
そう言って、彼は目をふせた。
新惑星同盟ゼリオンに向けての第1次船団の出発は、1週間後に決まっていた。あれ以来、モーリスが3人の行方について、口にすることはなかったが…。
(まさか…?)
モーリスは微笑んで首をふった。
「船を探したいんだ」
「船?」
「僕達の船、ニューホープ号だよ。お別れと、ありがとうって言いたいんだ」
船は座礁したそのままになっていた。ラディにはモーリスの気持ちが痛いほどよくわかった。
だから、彼は笑って言ったのだ。
「よーし、わかった。ドクターとかけあってくる」
モーリスの今の状態では、猛反対されるに違いなかったが。
「まかせとけって」
ドアのところでふりむくと、心配するなと片目をつぶってみせて、ラディは出ていった。
その夜、モーリスが眠ったあと、夜遅くなっても、ラディは小型艇の整備を続けていた。予想通り、ドクターは断固として反対したのだが、最後にはしぶしぶ許可してくれた。そして、小型艇を使用する手続きをしてくれたのだ。
暗がりの中、ライトに照らされて、ラディは汗をぬぐった。空を見上げると、雲が出てきていた。
(明日の天候はどうだろう?)
ラディはマニュアルを確認すると、再び作業に取りかかった。
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