第32話

 モーリスは覚めない夢の中をさまよっていた。

 闇の中、彼の名を呼ぶ声が、遠く近く聞こえてくる。

「誰!?」

 そう叫ぶ声が、繰り返し残響を伴っていく。

 モーリスは声のする方へと足を向けた。


 ふと彼の足が止まった。

 人の形をしたふたつの光。モーリスは手をかざし、目を細めた。

「まぶしい…誰?」

 次の瞬間、目の前に両親の姿があった。

「父さん…。母さん…」

 ふたりはモーリスに手を差し伸べて、微笑んだ。

「おいで。一緒に行こう」

「これからはずっと一緒よ」

 ふたりにかけよろうとして、モーリスは足を止めた。何かが違う、そんな気がしたのだ。

 彼は首をふって、後ずさりした。

「違う。嘘だ…」

 モーリスは激しく首をふった。

「嘘だ!僕の両親はもういないんだから!」

 そう叫んだ瞬間、バチっと音をたてて人の形をしたふたつの光が飛び散った。とっさに頭をかばうようにして、両手を交差してあげ、モーリスは目をつぶった。

 何かに強く押し戻されるような感覚があって…。


 気がつくと、彼はひとりで立っていた。あたりには闇と静寂だけがあった。

(…いなくなってしまった。誰もいない)

 何かとても大事なこと、今しなければいけないことがあったはずなのに。

(さがさなきゃ…)ふと思った。

(何を?…誰を?)

 彼は考えて…。思い出した。

(そうだ。みんなを!)

 失くしてしまった大切なものをもう一度見つけようと、彼は闇の中を歩きはじめた。


 長かった夜がようやく明けようとしていた。

 窓辺に立って、弱々しい朝の最初の光が、荒れた地表の向こう、地平線にあらわれるのを、ラディはじっと見つめていた。

 そのとき、自分を呼ぶ小さな声に、彼は急いでベッドのそばに戻った。

 薄暗い室内で、データを確認しているドクターがまだ何も言わないうちから、ラディはホッと胸をなでおろした。ドクターの目の中に、これまでと全く違う光があることに気づいたからである。

「しっかりしてきたと思うよ。やっと落ち着いたね」

 モーリスの呼吸は穏やかになっていた。


「…ラディ君」

 呼ばれてラディは簡易ベッドで目を覚ました。

 昨夜はもう大丈夫だからと言われながら、モーリスが気がつくまでと頑張ってそばについていたのだが、いつのまにか眠ってしまったらしい。誰かが運んでくれたのだ。

 彼は跳ね起きた。ドクターが傍らに立っていた。

「モーリスは…?」

「今のところ落ち着いているよ。君と話したいそうだ」

 ドクターは部屋の前でふりかえり、

「あまり長く話して、彼を疲れさせちゃいけないよ」

 うなずいて、ラディは中に入った。


 ベッドの中で、モーリスは少し微笑んだ。

「ラディ…ごめんね」話すのも辛そうな小さな声。

 モーリスが目を覚ましたとき、最初に目に入ったのは、ベッドの片隅に顔をふせ、そのまま眠っているラディの姿だった。その肩に毛布がかけられていた。

「そして…ありがとう。…それだけどうしても言いたくて」

 彼は疲れたように目を閉じた。ラディが本当のことを言えなかったのは、モーリスを気遣ってのことだと、それをわかっていると、その短い言葉で伝えようとしていた。そして、ラディを許してくれた。

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