第31話

 さらに10日が過ぎようとしていた。

 動けるようになったラディは、モーリスに付き添っていた。

「ねぇ、ラディ。みんなとは、いつになったら会えるの?」

 食器を片付け、モーリスの毛布を直していたラディの手が一瞬、止まった。ごまかすように、視線をそらし、

「まだドクターの許可が出てないよ」

 モーリスは、そんなラディの態度を見逃さなかった。

「ラディ!いつも、今度って、ごまかしてるよね?本当のことを言ってよ」

 とうとう聞かれてしまった。

 モーリスはラディの態度から感じているものがあったのだろう。いつまでごまかしとおせるか自信はなかったが、こんなに早くとは思いもしなかった。できることなら、もう少しモーリスが良くなってから…、何か少しでも情報が得られてから…と、毎日祈るような想いでいた彼だったが、しかし、もうこれ以上は黙っていることができそうになかった。ラディは観念した。

「モーリス。みんなは…いないんだ。3人ともここにはいない。あのときから行方がわからない」

 モーリスの目が大きく見開かれた。

 苦しそうにラディは続けた。

「モーリスが倒れたあのとき、僕だけ君と一緒に残ったんだ。それから、僕達は助け出された。モーリスがここで意識を取り戻したとき、君のあの状態では、そのまま言うわけにはいかなかったんだよ。言えば、君は…」

「…嘘つき」モーリスはひとことそう言って、向こうを向いてしまった。

「モーリス…」

「もうたくさんだ。出て行ってよ」

「……」

「聞こえなかった!?出て行けってば!」

 それは、モーリスがはじめてみせた拒絶の態度だった。

 ラディは黙って静かに部屋を出ると、壁にもたれて目を閉じ、しばらくそのままでいた。

(とうとう…)

 いつかは本当のことを話さなければならない日が来るとは、わかっていた。しかし、それが今、こういう形で訪れるとは思わなかった。


 通路を歩いていたラディは、グレイン医師に呼び止められた。

「ラディ君。一緒に来て欲しいんだ。君が言っていた件について、基地司令官が会ってくれるそうだ」

 ドクターはラディを案内してくれた。

 司令官室に入ると、デスクから軍服を着た人物が立ち上がった。想像に反して、最高責任者といってもまだ青年で、その若さにラディが驚いていると、彼は苦笑した。

「僕がまだ若いことに驚いているんだろう?気にしないでくれたまえ。ここではみんなそうだから」

 確かに、この基地の構成員は皆、若かった。

「辺境だから仕方ないさ。経験豊かな人材は皆、失われてしまった」

 彼はラディに座るよう促した。そして、手にしたタブレットで確認しながら、

「さて、君達はヘルマの艦に攻撃されたそうだね。君達の船と乗員については、今、確認を急がせていて、捜索中だ。君達は、新惑星同盟ゼリオンの調査局所属と言ったが、その意味がわからないので、説明して欲しい」

 ラディはどう説明すべきか、少し考えた。

「僕達は、ヘルマの調査に向かったスペースランナー号が帰還せず、連絡も途絶えているために、その行方を調べるために来ました」

「ヘルマの調査とは?」

「僕達が所属する新惑星同盟とは、戦争終結後に独立した同盟側の星々によって構成される組織です。調査局の業務のひとつが、終戦後の被害の確認、復興に向けての課題の洗い出しなどで、僕達は主に辺境星域の担当でした。僕達は、この星がまだ戦争を継続中だと推察し、スペースランナー号はそれに巻き込まれたと考えていますが、違うでしょうか?」

「何だって?」

 司令官は腰を浮かせた。

「惑星間独立戦争は3年前に終結しました」

「そんな!バカな!!」

「戦争は終わっているんです」ラディは繰り返した。

 司令官は脱力したように座り、

「まさか、信じられない…」

 すぐ信じろと言う方が無理だろう。

 そこで、急に司令官は身体をのり出した。

「それでっ!?同盟側は?勝利したのか?それともー」

 ラディは最後まで言わせなかった。勢いよくテーブルに手をついて立ち上がり、片手を大きく広げ、

「勝敗なんて、それがいったい何になると言うんですか!?大切なのは、もう誰も戦争で死ななくて済むってことじゃないんですかっ!?」その勢いに押されるように、司令官は再び腰を下ろした。「僕達はみんな、あの戦争で肉親を失いました。もうこれ以上、殺し合いはたくさんです」ラディの言葉が途切れた。彼は息を弾ませていた。

「—わかった。至急、確認して、ヘルマ側に働きかけよう。我々だって殺し合いをしたいわけではない」

 司令官はラディの肩をひとつ叩くと、側近達を引き連れて出て行った。

(ああ…)

 信じてもらえたということ。ラディの行為は最上の形で報われたのだった。


 ラディが急いでモーリスに知らせようと戻ると、その目の前で、慌しく医療スタッフが部屋に走り込むところだった。

「……!」

 室内は、何人もの医療スタッフと医療器具であふれていた。そのわずかなすきまから、苦しそうなモーリスの姿が一瞬、目に入った。容態が急に悪化し、ラディは部屋の外で待つよう言われた。

 こうなった原因はわかっていた。今までモーリスを支えてきたもの、それが一度に崩れてしまったのだから。


 誰にとっても、長い夜になりそうだった。





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