第4章 これからも僕達は

第30話

 遠くで誰かの声がした。

「熱…。それと、打撲傷。いや肋骨が折れているかもしれないな」



「う…」

 ラディは目を開いて、ぼんやりと辺りを見まわした。

(ここは…?)

 白い壁。そして、開いたドア。

 ベッドから身体を起こそうとして、「ウッ!」鋭い痛みに脇腹を押さえた。その痛みが、彼に一連の記憶をよみがえらせた。

(そうだ、あのとき…)


 *


 あのとき、薄れていく意識の底で、ラディは近づいてくる足音を耳にした。

「ふん!手間取らせやがって!」

 ぼんやりと目を開いたラディは、男の手がモーリスへ伸びているところを見た。

(……!!)

 ラディは、精一杯の力で身体を投げ出し、その男の足に組みついた。

「野郎!!」

 別の男がラディの脇腹を蹴り上げ、そして、彼の記憶はここで途切れている。


 *


(あれからどうして?モーリスやみんなは?)

「気がついたかい?」

 声とともに、ひとりの医師が入ってきた。ディープの指導医師ウィンと同じくらいの年齢に見え、医師のグレインと名のった。

 ラディが尋ねるよりも早く、

「もうひとり、君と一緒に救出された彼はあそこだよ」

 そう言って示す向こう、透明な仕切り越しに、隣室で静かに眠っているモーリスの横顔が見えた。

(…モーリス)

「君達は助かったんだ。もう安心していいんだよ」

 ラディとモーリスのふたりは、もう少しでヘルマ側の手に落ちるところを助け出された。しかし、他の3人の行方はわからなかった。


 それから3日が過ぎた。モーリスの意識は戻らず、ディープ達の行方もわからなかった。

 ラディはベッドの上に起きて、モーリスを見ていた。

(モーリス。もし、このまま目を覚まさなかったら—)

 ラディは祈るような気持ちだった。

「ーう…ん」

 そのとき、モーリスが身動きした。それは本当にかすかで、ラディでなければ気がつかなかったに違いない。

 ラディは急いでベッドから出た。しかし、弱った身体は思うようにならず、彼は崩れて床に膝をついた。

「くっ…!」

 痛む脇腹を押さえ、なんとかモーリスのベッドのそばまで身体を運んだ。

 息づまるような数分のあとで、モーリスが目を開いて、ぼんやりとラディを見た。

「…ラディ」

 彼はラディの姿を認め、かすかに微笑んだ。

「…みんな、は?」

(……!)

 このとき、ラディに迷いがなかったかと言えば、嘘になる。しかし、彼は今ここで、本当のことを言うわけにはいかなかった。

「いるよ。みんなここにいるよ。だから…心配しないで、眠っていいんだ。ね、モーリス」

 モーリスは安心したように、目を閉じた。そして、再び眠りにおちた。

 モーリスを見つめるラディの目に、ふいに涙があふれた。

(この先、いつまでモーリスをごまかせるだろう…)

 そんな想いが心を占めた。





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