第58話

 宇宙港にはヴァンが迎えに来ていた。検疫が済むまで出られないディープの代わりに、モーリスに付き添うためである。

「…ただいま」

「坊ちゃん…」

 ヴァンはそう言ったきり言葉を失って、防護服ごしにモーリスを抱きしめていた。想いは言葉にならず、ただその腕で確かめようとするかのようだった。

 メディカルセンターの職員が手慣れた様子で、モーリスを緊急搬送する準備を整えていく。以前、同じように帰ってきたとき拒んだ彼が、今回は何も言わなかった。


 そして、いつも通りの手続き、検査と調査報告の提出、そうして数週間が過ぎていった。あたりまえの日々、戻ってきた日常に、いつもなら次の航海までの休暇を過ごしているはずだった。しかし、もう次の予定はなく、それだけが大きく違っていた。


 ようやく少しだけなら起きていられるようになったモーリスに、ラディは言っておきたいことがあった。

「…モーリス」

「……?」

「これからも君のそばにいていいかな?」

 起こしたベッドに寄りかかっているモーリスは、少し目を見張って、それから微笑んで首を小さく横にふった。

「ありがとう。でも、僕には残された時間がもうあまりないかもしれな—」

 ラディはモーリスを抱きしめて、最後まで言わせなかった。

「そんなこと!明日何が起こるかなんてわからない。誰だって同じだよ」

 モーリスはラディの背中に手を回し、その肩に頭をあずけた。広い背中とがっしりとした肩、大きな掌を感じていた。

(ずるいな。いつのまにかラディばかり、どんどん大人になっていく…)

 モーリスはおそらくそうなることはない。

「前にも言ったけど、僕のために…」

 ラディは身体を離し、モーリスの両肩をそっとつかんだ。

「君のため、じゃなくて、僕が自分でそうしたいから、だよ。僕が選んで決めた。君との約束はこれからも変わらない」

 ——ふたりが出会ったときの約束。

『必ず君を守る』と、ラディはあのときそう言った。

「…ありがとう。ラディがいてくれたら、僕は安心できる」

 今までそうだったように、これからも、ラディはその約束を守り続けていく。

 夕方の光がさしこんで、室内がオレンジ色に染まった。


 その日、調査局で最後の手続きをしているグラントを、ディープとステフは待っていた。

 ステフは思った。

(ここへ来ることはもうないかもしれない…。ああ、そうか。帰ってくる船の中で、あのときいつもの光景が何だか違って見えたのは、最後だったからなんだ)

 やがてグラントも来て、外に出ると、目の前で大きな夕陽が沈もうとしていた。空が夕焼けで染まっている。

「きれいな夕焼けだね」

 ステフの言葉に、ディープは思わずその横顔を見た。夕焼けが嫌いと言っていたステフが、今は素直な目で空を見つめている。しばらくの間、3人は空を見上げていた。あたりが夕焼け色の名残の優しい色に染まる。


「ふたりの乗るフライトは何時だっけ?」ディープが尋ね、

「18時」グラントが答えた。

「それじゃ、あまり時間がないね。行こうか」

 3人はゆっくりとステーションへ向けて歩いた。

「僕はまたすぐ航海があるから、みんなとはあまり会えなくなるけれど」

 グラントはすでに次の仕事が決まり、彼が宇宙から離れられないことをみんな知っていた。

「ステフは教えるんだよね?」

 尋ねるディープに、

「うん。母校の通信士養成訓練校で教えることが決まったんだ」

「モーリスのこと、頼むよ。僕にはもう何もできないけれど、ラディとディープ、君達ふたりがいれば安心できる」

 そう言うグラントに、ディープは、

「何もできないって、そんなことはないよ。帰ってきたら会いに来てくれればいい。それだけでいいんだ」そう言った。


「それじゃ、そろそろ時間だから」グラントが手を挙げ、

「じゃあ、またね」ステフは手をふった。

 空港へのシャトルに乗るふたりは別れていった。


 ディープの胸の中に、今まで一緒に過ごした幾つものシーンがよみがえってきて、

「ねぇ、ラディ。僕達ふたりとも同じことを考えていたんだよね」

 ディープはこの場にいないラディに語りかけた。

「そう、いつだって—」

 そう、いつだってふたりはモーリスのことを考えていたのだ。形こそ違っても。そして、たぶんこれからも…。




 ***


 5人で過ごしてきた日々。それは、いつまでもずっとそのまま続いていくかのように思えていた。途中で離れ離れになったこともあったが、再び出会うことができた。そして、また戻ってきた日々が、こうして終わりを告げるときがくることを、誰が想像できただろう。


 しかし、今、別れの時が来て、5人はそれぞれの道を歩もうとしている。今度は、自分達自身で、選んで決めた。


 一緒に過ごす前に戻るだけ、何も変わらない。これが終わりなのではなく、新しいスタートのはじまりだった。


 これからも、僕達は…。


 地平線に、最後のなごりの光が残っていた。



 *** 了 ***

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これからも僕達は 春渡夏歩(はるとなほ) @harutonaho

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