第41話

 そして、ようやくモーリスが退院できる日が来た。ディープは、できることならもう少し大事をとって様子を見たかったのだが、モーリスの強い希望に許可することにしたのだ。ラディが去ったあと、ディープひとりで住むには少し広すぎる部屋で、それでもそのまま引っ越そうとしなかったのは、ラディがいつ戻ってくる気になってもいいようにと、そう思ってのことだったのかもしれない。モーリスはそこで暮らすことになった。


 ディープが開けたドアから、一歩入ったところで、モーリスは目が点になった。

「すごいね…」

 室内の散らかりように驚いていた。

「ごめんね。時間がなくて…」

 ディープの不規則な勤務(帰宅するのはほとんど寝るためだけ)は聞いていたが、それを目の当たりにした気がした。

「ラディがいたときは、違ったのだけど。モーリスの部屋はこっちだよ」

 その部屋はきれいに整えられていた。

「こっちの部屋だけはきれいなんだね」

 モーリスはベッドに腰を下ろした。

「うん。ラディが行ってから、ほとんど使っていないから」

 少しして、ディープは部屋の外で荷物を解いたらしく、戻ってきた。

「ほら、着替えて休んだ方がいいよ」

 モーリスはディープの手にしている物を見て、声をあげた。

「エェッ…。ディープったら、さっそく持ち出してきたの?」

 ディープは輸液セットを持ってきていた。

「モーリス。約束したよね?ちゃんと自己管理できるっていうから、許可したのに。治療は継続する必要があること、説明したよね」

「それはわかっているけど…」

 モーリスはしぶしぶ着替えて、横になった。

 本当はここへ来るだけでも、モーリスには負担があったのだろう。ディープの処置を受けながら、彼はすぐ眠りに落ちた。


 それから、1か月が過ぎた。

 その日、ディープの帰りをモーリスは待ちかねていた。

「お帰りなさい!ね、どうだった?」

 ディープが、まだ「ただいま」とも言わないうちに、モーリスが待ちきれないように尋ねた。

「ちょっと待って。とにかく座らせて」

 ディープはかなり疲れている様子だった。

「あ、ごめん…」

 その日、検査結果が出ることになっていた。

 ディープの前にコーヒーを置くと、モーリスは聞きたい気持ちを抑えながら、ディープが話し出すのを待った。

「検査の結果だけど、家にいてできるような軽い仕事ならいいよ」

「ホント?ホントにいいの?」

 ディープはうなずいて、

「ただし、あまり無理はしないこと。それが条件だからね」

「ひどいよ。もう少し信用してくれたって…」

 ディープは笑いだした。確かにこの1ヶ月間、モーリスはよく頑張ってきたのだ。

「ごめん、ごめん。とにかく良かったね」

「うん!」


 翌朝、モーリスの声で、ディープは目を覚ました。

「はい。…はい。そうですか。わかりました。ありがとうございました」

 昨夜は遅くまで調べものをしていたため、頭の芯の方がまだはっきりと目覚めていなくて、ぼうっとしたまま、ディープが起きていくと、

「あ、おはよう、ディープ。今日のシフトは?」

 ちょうど通信を終えたらしく、モーリスがふりかえった。

「ん…、今日は午後から」

「朝ごはん、食べるでしょ?今、支度するね」

 モーリスは立ち上がり、キッチンへ向かった。


 しかし、モーリスの仕事はなかなか進まなかった。

 はじめのうちは「いいんだ。ゆっくり探すから」と言っていたモーリスだったが、数日経つと、彼の落胆ぶりが目に見えて明らかになった。それでも、モーリスはあきらめずにひとりでやろうとしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る