第42話
シティの郊外、遠くに海を望める小高い丘の上に、その墓地はあった。モーリスはゆっくりと坂を上がっていった。両親の眠る墓碑の前に、既に花束が供えられていた。
(誰だろう…?)
帰る途中で、雨が降りはじめた。ステーションまであと少しだからと、かまわずそのまま歩いている彼の横で、エアカーが止まった。
ふりむいた彼に懐かしい声。
「坊ちゃんではありませんか?」
「ヴァン!」
久しぶりの再会だった。
「濡れているじゃありませんか。どうぞ乗ってください」
部屋でタオルを借りて拭いていると、ヴァンが熱いコーヒーを持ってきてくれた。
「寒くありませんか?」
「大丈夫。ありがとう」
「今日、ご両親に会ってきましたよ」
「それじゃ、あのお花はヴァンだったんだね?」
ヴァンはうなずいた。
「こんなことしかできませんが」
「ううん、どうもありがとう。ところで新しい工場の方はどう?順調?」
ディープが来るのと前後して、新しい整備工場の話がうまくまとまり、ヴァンもまた離れていった。その工場が墓地からそう遠くない場所だったのは、単なる偶然ではないと、モーリスはそう思っていた。
「おかげさまで、うまく軌道に乗りはじめたところです」
「そう。よかった」
それからそれぞれの近況を話したあとで、ヴァンが言った。
「坊ちゃん、うちの工場の仕事を手伝っていただけませんか?」
「え?」
「もし、よかったらの話ですが」
「そんな…ありがとう。助かるよ」
ヴァンは優しく微笑んだ。
「助かるのは、むしろこちらですよ」
モーリスが部屋のドアを開けたとたん、帰りを心配して待っていたのだろう、ディープが飛び出してきた。
「こんなに遅くまで、どこに行ってたんだ!?」
しかし、ディープはすぐにモーリスの服装に気がついた。黒い服、白いシャツの胸に結んだ細い黒いリボン。
「あ…ごめん」
モーリスは首をふって、
「連絡もしなくてごめんね。こんなに遅くなるつもりはなかったんだけど、偶然、ヴァンと会って話しこんでた。ヴァンの仕事を手伝うことになったんだ」
モーリスの表情は明るかった。
そうして、何事もなく毎日は過ぎていくはずだった。しかし、数日すると、モーリスは考え込んでいることが多くなり、その日、ディープが帰宅すると、姿がなかった。
「ただいま。モーリス?」
テーブルの上にメモがあった。
『夕食までには帰ります』
ディープはため息をついて、取り上げたメモを置いた。もうとっくにそんな時間は過ぎていたのだから。このところ、日増しに通信が外出が多くなっているモーリスに、気がついてはいた。
やがて、ようやく帰ってきたモーリスは、ディープの顔を見ると、
「ごめん。でもひとつだけ連絡させて。きっとヴァンが心配していると思うから」
そう言って、顔の前で両手を合わせた。
モーリスが自室で通信している声が、ドア越しにかすかに聴こえてくる。
「うん…。うん、そう。…大丈夫。…ごめんね。ヴァンにはいつも迷惑かけてしまうね」
やがて、会話が終わったらしく、
「…ありがとう」
通信の終わる気配がして、それきり静かになったが、モーリスが部屋から出てくる様子がなかった。
(…?)
ディープがそっとのぞくと、通信の終わった画面を前にして座ったままのモーリスの頬に、涙の跡があった。
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