第6章 そして
第40話
当直明けのディープは、モーリスの病室を訪れていた。
「それじゃ、少し休んでくるから」
「おつかれさま」
手を上げ、出て行こうとした足元に、開いたドアから凄い勢いでリモートカーが走り込んできて、
「わっ!」
ディープは慌てて飛びのいた。
壁にぶつかった車は、ひっくり返ってようやく止まった。壊れたタイヤが空転している。
「…あの、ごめんなさい。それ、僕の」
ドアの方から小さな声がした。少しだけのぞいているその子に、ディープは見覚えがあった。
「こら!こんなところまでフラフラ出歩いて!」
ディープが怖い顔をすると、その子は首をすくめた。
「ディープ。知ってる子?」
「うん。小児科B6フロアにいる子で、テオだよ。ね?」
ディープはその子の頭にポンと手を置いた。テオは笑顔を見せた。
「ほら、ちゃんと部屋に戻らなくちゃダメだよ」
ディープが拾いあげて渡した車を見て、
「あーあ、せっかくパパに買ってもらったのに…」
壊れていることがわかり、ガッカリした様子だった。
「あ、待って。ちょっと、見せてくれる?直せるかもしれないよ」
モーリスの言葉に、
「ホント?」顔を輝かせる。
「うん。ディープ、そこにある僕のツールボックスを取ってもらえる?」
直している手元を心配そうに覗きこんでいるテオに、モーリスは大丈夫だよと笑いかけた。
「ほら、できたよ」
テオはさっそく走らせてみた。
「わあ、すごいな、お兄ちゃん!ありがとう!」
喜んで走らせながら、テオは出て行った。
それから、テオはたびたびモーリスの所に来ているようで、ディープはよく顔を合わせた。
あるときディープが部屋をのぞくと、モーリスは熱心に図面を引いており、手のつけられていないままの食事がそばにあった。
「あ、ディープ。ちょうどいいところに来た。お願いがあるんだ」
「聞いてもいいですけどね、まず、ちゃんと食事をしてからにしてほしいものですね」
さすがに、その口調でディープが怒っていることがわかり、モーリスはまずいことをしたと気がついた。既に冷えきった食事を口に運びながら、
「あのね、あの子にロボットを作ってあげるって約束したんだ。必要な物をリストアップしてオーダーしたいんだけど、受け取り先をディープ宛にしてもいい?」そこで、モーリスは両手を合わせた。
「お願い!ディープしか頼める相手がいないんだ」
モーリスはテオの中に、子供の頃の自分を重ね合わせているのかもしれなかった。
数日後、ロボットができあがり、その動きを確かめたあとで、
「できた!きっと喜ぶだろうな」
しかし、約束の時間になっても、彼は来なかった。
「おかしいな。忘れてるのかな?」
モーリスは、テオの喜ぶ顔が早く見たくて、自分から行くことにした。
ところが、病室を訪れると、部屋の中は空っぽだった。
「あれ?」
そこへディープが、モーリスを探しに来た。
「モーリス、部屋にいないと思ったら!ここにいたんだ」
「ディープ。テオがいないんだ。今日、約束してたのに」
ディープは本当のことを言うべきか迷った。しかし、出てきたのは別の言葉で、苦しい言い訳だった。
「テオは転院したんだよ。急に決まったからね」
「じゃあ、これを渡してくれる?」
ディープにロボットの入った箱を渡す。
「いいよ。ほら、部屋に戻ろう」
通路を歩いているとき、ディープの院内端末にコールがあった。
「はい。…すぐ行きます」ディープは応えたあと、「ごめん。モーリス、ひとりで帰れるよね?」
そのとき、どうしてモーリスをひとりにしたのか、あとになってディープは悔やむことになった。
モーリスは途中で、看護師がふたり、話しながら歩いてくるところとすれ違った。
「大変よね。今朝、男の子が亡くなって…」
「あのB6フロアの子でしょう?」
「もう、ケティなんて泣き通しよ。さっき会ったら、真っ赤な目してたわ」
(えっ?)
耳に飛びこんできた会話に、モーリスは立ち止まり、ふりかえった。
「あ…の、すみません」
遠ざかるふたりに追いついて、呼びかける。声が震えた。
「はい?」
職業的な明るい声で、同時にふりむいたふたりに問いかける。
「あの…、その亡くなった子の名前は…?」
「テオドア パーマー君」
片方の看護師が答え、モーリスは全身から血の気が引くのを感じた。もうひとりがそんなモーリスの様子に気づいた。
「あなた、大丈夫?真っ青よ」
モーリスは弱々しく首をふった。
「…大丈夫です」
「そう?それじゃ」
ふたりが立ち去ったあとも、頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。信じられない思いで、ふらつく身体をどうにか支え、手すりをたどりながら歩いていた彼だったが、
(テオが…)
何があったのか理解したとき、モーリスは崩れるように倒れていた。
ステフが訪ねてきたのは、そんな矢先のことだった。
「ごめんね。モーリスは、今、薬で眠らせてるんだ」
ディープの言葉に、
「モーリス、具合が悪いの?」
ステフは心配そうだった。
「いや、ちょっと体調を崩してね。話はできないけど、顔だけでも見ていく?」
幾つもの輸液とモニターに囲まれて、モーリスは静かに眠っていたが、顔色が悪かった。本当は面会が許可される状態ではなかったところを、ディープは特別に会わせてくれたのだ。
「実は、モーリスをかばうつもりで伏せていたことで、かえって傷つけることになって…。本当のことを言うのは、難しいね。前に、僕はステフを責めたことがあったけど、あのとき、君は本当のことを伝えたのだから、それでいいのだと思う」
ディープは通路を歩きながら、そう言った。ステフは、ハッとディープを見た。
「モーリスは僕を許してくれたよ。ステフ、君はモーリスが許しているのに、まだこだわっているの?」
「……」
「生きていくのに理由なんていらないと思う。グラントが僕へのメールの中で、君を心配していた。誰のためとか、何のためとか、生きていくのに理由づけはいらないよね。今、生きていて、それを自分で選んでいる、それだけで充分じゃない?」
「でも!」
「でも、まだ自分を許せないの?」
ステフは首をふった。
「そうじゃなくて…。許す、とか、許さない、とかではなくて、あのときもう少しだけ立ち止まって考えていたらと思うんだ。もし、違う結果になっていたら、と思ってしまうんだ」ステフは言葉を切った。「ごめん、うまく言えない。でも僕はそういう自分を忘れてはいけないと思ったんだ」
「だから、モーリスを守っていく、と?」
「どうして!?」誰にも話したことはないはずだった。
「ラディと同じだね。モーリスはそんなラディに言ったよ。もう、ラディ自身のことを優先して欲しいって。だから、今、ラディはここにはいない」
ステフはラディの姿が見えないことを疑問に思っていたが、それでわかった。
「モーリスは大丈夫だよ。僕も含めてみんながモーリスをかばおうとするけれど、それっていつまでも一人前に扱っていないってことだよね。モーリスはみんなを信じているんだ。だから、僕達もモーリスを信じようよ」
そう言ったディープの言葉は、自分自身にも言い聞かせているようだった。
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