第11話

 ラディとディープのふたりは通路を並んで歩いていた。

 ラディが尋ねた。

「今度調査する星まではあとどのくらい?」

「5日といってたけど…」

「また戦争で荒廃した星…かな?」

 ラディはポツリと言った。

 惑星間独立戦争が終結してから3年—。しかし、彼らの記憶の中ではまだ終わったわけではなかった。

「でも、モーリスはよくこの船を造ったと思うよ」

 通路の壁をそっとなでながら言ったラディの様子に、ディープはクスッと笑ってしまった。

「…何?」

「さっきは『こんな船』なんて、言ったくせに」

「あれは…!」赤くなって否定した後で、ラディは何ともいえない優しい表情になった。

「本気で言ったわけじゃないよ。モーリスがどんな想いでこの船を造ったか、よくわかってるから」

 ディープもうなずいて、

「わかってる。誰からも相手にされなくなったモーリスが、自分や両親について誰も知らないところへ行きたいと思ったこと。それでこの船を造ったこと。みんなよく知ってるもの」


 *


 ヴァンがその話をもってきたのは、終戦後少ししてのことだった。日毎に暗くふさぎがちになっていく、そんなモーリスの様子を見かねてのことだったに違いない。

 その頃、ヴァンは宇宙港の整備ドックでようやく職を見つけ、モーリスはときおりヴァンが持ってくるアルバイト(プログラミングやそのチェック)をやる一方で、技師の資格をとろうと苦心していた。一次試験では、最も難しいといわれるAAAトリプルエーランクでも合格できたはずである。しかし、二次試験の面接で両親の名前が出ると、それで終わりだった。何度も同じことを繰り返し、それでも彼は嘘をついて隠すことはできないと言い張った。そして、結局はいちばん低いDランクの資格しか手にすることができなかった。合格できたのは面接がなかったからで、実質的には何のメリットもない資格だった。

 

 その日、帰宅したヴァンがモーリスの部屋をのぞくと、散らかったデスクに仕事をやりかけたまま、彼はやる気がなさそうにベッドに寝転んで、タブレットをいじっていた。

 その様子に小さくため息をついたあと、声を励ますよう努めて明るい声をかけた。

「ただいま。坊ちゃん、ちょっと来てください」

「…うん」

 気乗りのしない返事が気にかかったが、そのままヴァンは部屋を出た。少しして、ようやくのろのろとあらわれたモーリスに、どう切り出そうかと迷いながら、

「坊ちゃん、しばらくこの星を離れた方がいいとは思いませんか?」

 モーリスの表情が険しくなった。

「ヴァンはあきらめろと言うの!?無理だから、逃げ出せってわけ?」

 ヴァンは話の始め方を失敗したことを悟った。内心で自分に舌打ちしながらも、そこで話をやめるわけにはいかなかった。

「そういうわけじゃありませんよ。でも、少しこの星から離れて時間をおく必要があるとは思いませんか?だいたい、最近はいったいどうしたんです?この前のプログラムにはつまらないミスがいくつもありましたよ。気がついたので修正しておきましたが。今回の依頼だって、いつもなら3日もあればできる内容じゃないですか」

 モーリスは何も言えず、うつむいて顔をそらした。そんなモーリスの気持ちを痛いほどわかっていたが、ついにヴァンは指摘せざるを得なかった。

「とりあえず、みてください」

 そう言って、ヴァンはモーリスのタブレットに書類を送った。


 それは、調査局の臨時局員募集に関する資料で、辺境の星々における戦争の被害調査が目的だった。目を通した後、何も言わなかったが、モーリスの表情からは興味をひかれていることがうかがわれた。

「どう、思われますか?」

「どうって…」ヴァンの問いかけに彼は言い淀んだ。「だって無理だよ。船を準備するなんて」

 唯一の条件は『船を準備すること』だった。戦争で船が不足している今、それは最も難しい条件でもあった。

「船は当てがないわけじゃありまさん。私が確かめたいのは、坊ちゃん自身のお気持ちなんです」

「少し考えさせて」

 おそらくそう言いながら、そのとき既にモーリスの気持ちは決まっていたに違いなかった。



「わあー、すっごいボロ船だね!」

 はじめてドックでその船と対面したときの、モーリスの第一声がこれだった。彼の両親が、もしもの時のためにと遺し、ヴァンに託していた資産のほとんどでようやく手に入れられた船だった。この船を規格審査にパスできるよう整備する必要があった。さらに必要な資金のため、今まで以上に働かなければならなったヴァンはときおり手を貸せる程度で、ほとんどの作業がモーリスひとりの肩にかかってくることとなった。

「それだけやりがいがあるってことだよね」

「大丈夫ですか?」と問われ、答えたモーリスの声は久しぶりに、そう本当に久しぶりに明るかった。ヴァンは船を見上げているモーリスのキラキラした瞳を再び見ることができ、嬉しく感じていた。


 やるべきことは他にも山積みしていた。乗員についての話題が出たとき、ヴァンが最初から一緒に行くつもりがなかったことを、モーリスは知った。

 静かに微笑って、首をふるヴァンに、

「どうして…?」

 当然、一緒に行くものとばかり思い込んでいたモーリスに、

「ただでさえ限られた人数の中で、ふたりも技師は要らないでしょう。それに、私にはまだやらなければならないことが残されていますし」

 焼け落ちた研究所跡は閉鎖されてそのままになっており、それも気がかりなことのひとつだった。

「ごめんね。ヴァンひとりに押しつけて、僕だけ逃げだすみたいで…」

「後に残るのと、去りゆくのと、どちらがより大変なのかは、誰にもわかりませんよ」


 戦乱の中でもどうにか連絡を取りあっていた大切な4人の仲間に、モーリスは声をかけた。

 操縦士のグラント、副操縦士兼機関士のラディ、通信とその他データ分析補佐担当のステフ、そしてディープはドクターとして。

 その話をしたとき、グラントだけが即答せずに、「少し時間をくれる?」と言った。彼にはもっと他に、契約料が高額で安全で楽な惑星間定期航路の求人がいくらでもあったのだ。操縦士の資格を手にした頃、終わりに近づいていた戦争は、遠い地球に戦場が移っていた。そのため、輸送船に数回乗船した研修では、幸運にも戦闘に巻き込まれずに済んだのだった。

 地上車から小型艇まで、およそほとんどの操縦をこなせるラディも、亜空間ジャンプ装置を備えた長距離用大型宇宙船となると、手が出なかった。モーリスも理論では理解していたが、実際の操縦ということでは手に余った。


 グラントがあらわれたのは、ぎりぎりになってのことだった。

「遅くなってごめん。仮契約を解約するのに手間取って」

 グラントが来なかったらどうするつもりだったのかと問われたとき、モーリスは「全く疑わなかったといえば嘘になるけど、きっと来てくれると思っていたから」と答えた。それでもどうしようもないときは、外宇宙に出るまでに、操縦士を探すしかないと考えていたらしい。

 モーリスは船の名前を決めるとき、迷うことなく『NEW HOPE』と名付けたが、他の4人にとっても、この船は新しい希望であるに違いなかった。


 *


 ようやく出発が決まり、発進の時刻が近づいて、

「そろそろ時間だよ。モーリス、先に行ってるから」

 グラントの言葉に、他の3人も出発ロビーを出て行った。

 モーリスは見送りに来ていたヴァンをふりかえった。

「それじゃ、行ってきます」

「気をつけて」

 うなずいて、数歩行きかけたところで、彼はもう一度ヴァンをふりかえり、そのがっしりとした身体と太い腕、やや薄くなりかけた赤銅色の髪の下の温かい青い瞳を見た。

「ヴァン…」

「はい?」

 ヴァンが今でもあの事故を負い目に思い、さらにモーリスの父に託されたことで責任を感じていること、しかし、それだけではないことを彼は知っていた。込み上げてくるものに言葉が見つからなかった。

「…ありがとう」


 ——そして、これが長い旅の始まりだった。




 

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