第56話
モーリスが小型艇で船に行くと、博士が待ち構えていた。
「それでは、さっそくデータを渡してもらおうか」
モーリスが持っていたメモリーチップを渡すと、ノーマンはすぐにデータを読み込ませた。
「これで私のものだな」
データに集中している博士に、モーリスは言った。
「もう僕に用はないはずですよね?戻っていいですか」
「好きにすればいい」
博士は、もうモーリスには興味を失ったようだった。
モーリスは、蒼白になってその様子を見ていたエリンの腕をとって通路に出ると、
「エリン、よく聞いて。これからこの船のシステムは暴走する。最悪、沈むかもしれない。さっき博士が読み込ませたのは、僕が作ったダミーデータと暴走プログラムだから」
「どうしてそれを私に?」
「君は本当はお父さんを止めたいんだろう?だから僕にシステムのパスワードを教えた」
エリンは黙ってうなずいた。
モーリスはエリンの首にペンダントをかけた。
「この中に発信器が入っているから、あとでスイッチを入れて。必ず君と博士を助ける。待ってて欲しい」
エリンは泣きそうな顔で微笑んだ。「ハイ」
戻ってきたモーリスに、グラントはホッとした表情を見せた。
「モーリス。無事でよかった」
「博士がよく黙って帰してくれたね」
ステフにモーリスは、
「博士はデータに気を取られていたからね。そろそろシステムの暴走がはじまるはず」
モーリスは、スクリーンに博士の船をうつしだした。
そのとき、通信が入った。しかし、映像は乱れて見にくかった。
「モーリス君、いったい何をしたんだ」
音声にも所々、雑音が入る。
「先程のデータの中に、システムが暴走するプログラムを入れておいたんです」
ノーマンは苦笑したようだった。
「…これはやられたな」
「博士。その暴走はもう誰にも止められません。コントロールすることは不可能なんです。急いで船を降りる準備をしてください。救出しますから」
ノーマンの表情が微妙に動いた。
「君は…この私を助けようというのかね」
モーリスは大きくうなずいた。
「もうあまり時間がないはずです」
しかし、ノーマンは言った。
「…もう遅い。君は私に生き恥をさらせというのか」
「博士!やり直すことは、いつだってできるはずです。僕は、もう誰も研究の犠牲になって欲しくないんです。あなたの中にだって、まだ昔の気持ちが残っているじゃありませんか。そうでなければ、なぜ意見を違えたはずの父の造ったシステムを使っているんです?」
ノーマンはハッとしたようだった。自分では気づいていかなかったことに、やや自嘲気味に、
「それが、たったひとつの誤算だったな」そう言った。
モーリスは首をふった。
「エリンがシステムのことを教えてくれました。彼女はあなたを止めたかったんです。僕達は信じたかった。あなたの本当の科学者としての心を」
ノーマンの表情が動いたと思ったのは、見間違いではないだろう。
「エリンと君が信じていた、か。この私を」
彼はかすかに笑った。それは笑うしかないといった笑いだった。
「昔は、レナードと私もお互いを信じていた。しかし、我々は別の道を歩まざるを得なかった。そのとき以来、もうずっとそんな言葉は忘れていたよ。最後になって、またそんな言葉を聞くことになるとはね。だが、もう遅い。もう少し早く、君達と出会っていれば—」
通信が途切れる瞬間、背後に爆発音と、エリンの「お父さん!!」という声が重なって聞こえた。
そのとき、グラントは視界の隅でステフが動いたのをとらえ、その腕をつかんで引き止めた。
「ステフ!」
「僕が行くよ」
グラントは首をふった。
「これはステフひとりでは無理だよ。一緒に行こう」
「だって!グラントにもしものことがあったら…!」
グラントはモーリスを見た。モーリスはうなずいて、
「お願い、グラント。エリンには発信器を渡してあるから」
「力尽くでも連れてきてみせるよ」
グラントとステフはすばやく出て行った。
エリンの持つ発信器の信号を頼りに、ふたりは博士とエリンの姿を探した。
「博士!!どこですか!」
「エリン!!どこにいますか?」
操縦室にたどり着くと、
「ここです!父が…!」
顔も服も汚れたエリンが、瓦礫の下敷きになって脚をはさまれている博士を、どうにか引き起こそうとしていた。その胸で発信器が点滅していた。
「父は私を助けようとして、代わりに…!」
「君達、私をおいて、早く脱出するんだ。この船はまもなく沈む!」
そう言う博士に、グラントは首をふった。
「あなたをおいていくことはできません。モーリスのためにも、必ず助けます」
エリンは胸の発信器を握りしめた。『必ず君と博士を助ける。待ってて欲しい』あの人は確かにそう言っていた。
そして、3人でどうにか博士を助け出すことができた。博士を支えて、脱出口に急ぐ。
息詰まるような時が流れ、祈る想いでモーリスは、スクリーン上の煙を吐きはじめた博士の船を見つめていた。
「グラント、遅い…」
計器がとらえた数字は、エンジンの高まりつつあるエネルギーが、そろそろ限界に近いことを示していた。
——船は、ついに爆発した。
ニューホープ号のスクリーンがホワイトアウトし、あおりを受けて船が大きく揺らいだ。
スクリーンに映像が戻った瞬間、煙の中から小型艇が飛び出してきた。ギリギリ間に合ったのだ。
エリンに支えられながら、船に来たノーマンは、
「通信機をかしてくれないか」
そう言って、自分で星間パトロールに連絡した。
「博士…」
モーリスは何も言えなかった。
「やったことの償いはしなければならないだろう?それで全てを失うことになるとしても」
今まで築いてきたもの、地位や名声、おそらくそれらの全てを失うことになるだろう。
「お父さん…」
エリンは父親の顔を見た。心なしか父はスッキリした表情をしているように見えた。
「私はそれが怖かった。今も怖い。しかし、私の中の科学者としての心は、どうやらまだ完全に死んではいないらしい。それを君と」ノーマン博士はかたわらのエリンを見た。「娘に教えられた。ようやく間に合ったというところかな」
やがて、銀色のパトロールの船が来て、
「博士。戻ってきたら、ぜひ訪ねてきてください。きっとヴァンもあなたを歓迎すると思いますよ」
ハッチのところで見送りながら、モーリスはそう言った。ノーマンは何ともいいようのない表情をした。
ソマリスの風がゆるやかに吹きぬけて、そして…。
「…ありがとう」
最後に、はっきりと、ノーマンはそう口にしたのだった。
パトロール隊員に両脇をはさまれ、船を降りていくノーマンとその後ろをエリンが行く。手をふるエリンに、手をふりかえし、パトロールの船に向かうふたりの姿が見えなくなるまで、モーリスは見送った。
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