第14話

 ラディの部屋の入口から、モーリスが顔をのぞかせた。

「ラディ」

「何?モーリス」

「あのね、頼みがあるんだけど、一緒に来てくれる?」

 通路を並んで歩きながら、

「頼みって?」

「うん、ちょっと力を貸して欲しいんだ」そう答えながら、モーリスがいたずらっぽく笑ったので、ラディはなんだか嫌な予感がした。

「ドアが開かなくて、手伝って欲しいんだ」

「そんなに重いドアなのかい?」

 ふたりは資料室の前に来ていた。わずかにドアが隙間を開けているが、ラディがスイッチを試してみても、そのまま開く気配がなかった。

「しょうがないな…」ため息まじりにつぶやいて、

「せーの!!」

 隙間に手をかけ、ふたりでチカラをこめる。少しづつ隙間が広がった。

「何でまた、こんなことしなきゃならないんだよ」

 ラディはブツブツボヤいた。

「ラディがいちばんヒマそうに見えたんだもの」

 思わずそう言ってしまってから、失敗に気がついたが、もう遅かった。

 ラディはパッと手を離して、モーリスに向き直り、

「モーリス!それじゃまるで…!」

 あわててモーリスは両手をまあまあ押さえてと振りながら、

「アハッ、冗談だよ。冗談だってば。やだなぁ、ラディ、本気にして」

 ごまかされた感じに、ラディはムッとしたまま、それでも作業は続けてくれた。


 ようやく、どうにか通れるくらいにドアを開けることができた。

「すごいね…」

 モーリスの後から中に入りながら、ラディはつぶやいた。

 壁一面の棚を資料が埋めつくし、さらに床にもうず高く積み上げられている。埃が積もった資料に何気なくラディが触れると、指の跡がくっきり残った。

「ここにある資料も、本当はデータベースに整理したいんだけど、なかなか手がまわらなくて。あ、ラディ、そっと歩いてね。埃がたつから」

 それでもどこに何があるのかは把握しているらしく、タブレットで確認すると、

「確かこの辺…、あ、あった!ラディ、あそこ!」

 モーリスは棚のいちばん上の方を指差した。

「あれじゃ届かないよ」

「大丈夫。ラディが肩を貸してくれさえすればね」

 そう言って、モーリスは片目をつぶってみせた。


「モーリス、重いよ。早く!」

「ちょっと待って。あと少しで届くから」

 ラディに肩車してモーリスは精一杯、手を伸ばした。

「取れた!ラディ、ほら!わっ!!」

 そのとき、ラディがバランスを崩し、ふたりは倒れこんだ。埃が舞い上がる中、

「モーリス、早くどいてくれよ」

「あっ、ごめん」

 下敷きになっていたラディの手を引っ張り、立たせながら、

「でも、このファイルは離さなかったよ」

 モーリスはしっかりとファイルを胸に抱えて、得意そうにした。

 ふたりは咳き込みながら、埃まみれの身体を叩いて、どうにか汚れを落とした。


 食堂で、グラントがステフに状況を説明しているのを、そばでディープも聞いていた。

 モーリスが探してきたのは、『M42-5620 レオナルド号に関する資料ファイル』で、スクリーンにうつしだされたレオナルド号の上下、前後、横面を示した5面図を見たとき、グラントはその船尾に描かれたマークに気がついた。

(モーリスは、知っていたのか?)

 画面が変わって、横面図での内部構造を示した。

 そっと席を立つモーリスに、

「モーリス?」

 ラディが声をかけると、

「ちょっと行ってくるね」

 そう言って部屋を出ていったモーリスを追いかけようと立ち上がりかけたとき、

「ラディ、モーリスを止めようとしてもムダだよ。ここを見てごらんよ」

 ディープが指差したそこには、細かい字が並んでいたが、ラディの視線はある部分で、釘付けになった。

 彼は早口に読み上げた。

「行方不明の本船を発見した者は直ちに連絡を乞う。連絡した者、船体を運んだ者(一部でも可)には、報奨金が与えられる—」

 決して少なくはない金額が示されていた。

「じゃ、ディープはモーリスが前から知っていて…」

 ステフの問いにうなずくディープに向かって、ラディはテーブルにバッと両手をついて、猛然と、

「でも、モーリスは報奨金を目当てにするようなヤツじゃないよ!!」

「僕はそんなこと言っていない!」ディープはそれから静かな口調で、「たぶん、モーリスは…」

「そう、たぶんモーリスはご両親のためにやろうとしているのだろうね」

 グラントがあとに続けて言った。

 ラディは首をふって、

「でも、あんな大きな船、どうやって?」

「コンピュータがまだ生きているなら、航法データを持ち帰るだけでも充分だし、それ以外でもモーリスならいろいろできるはずだよ」

 そう言ったあと、グラントはふと視線を宙に漂わせた。

 レオナルド号は戦争終期に建造され、最終兵器の掲載を噂されている。結局、未完成のまま戦線に参加し、撃墜されたという報告はあったものの、行方不明となり、当局は機密がもれることを怖れていた。しかし、発見されたところで、処分するしかないのだろう。

(モーリス、それでも?)

 しばらくの間、室内を沈黙が支配した。

「ちょっと待った。ヴァルナにはたくさんの船が来ているはずなのに、どうして今まで発見されなかったんだろう?」

 ラディの疑問に誰も答えられなかった。


 夕食の準備ができても、戻ってくる様子のないモーリスに、ラディは時計をにらみながら待っていた。

「しょうがないなぁ。ステフ、連絡頼むよ」

 やがて、ステフが戻ってきた。

「モーリスは?」

「それが…、まだ戻れないって」

「モーリスの食事は?」

「あとで持っていくよ」

 ディープに答えて、ラディはようやく席についた。

「僕達、しばらく見守っていようよ。モーリスの気の済むまで…」

 グラントの言葉に、3人は黙ってうなずいた。








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