これからも僕達は
春渡夏歩(はるとなほ)
序章 あの頃
第1話
新学期、ジュニアスクールの学内は長い休暇の後、戻ってきた生徒達の喧騒であふれていた。
ラディはタブレットで、サッカーチームに有望な新メンバーがいないかと、クラスメイトのプロフィールをチェックしていた。赤味を帯びた褐色の髪に生き生きとした鳶色の瞳が印象的な少年である。
「おはよー!ラディ」
後ろから肩を叩かれ、ふりむくと
「また同じクラスになったね!よろしく!」
幼馴染で同じサッカーチームのアシストでもあるディープが、笑顔で立っていた。明るい茶色の髪と同じ色の瞳の持ち主である。
「ラディ、日焼けして真っ黒だね。ずっとサッカー合宿に行ってたの?」
ラディは所属するクラブチームの合宿でサッカー漬けの休暇だった。彼はうなずき、
「そういうディープは?ボランティアキャンプ?」
ディープはハンディを持つ子供達のサマーキャンプにアシスタントスタッフとして、毎年参加している。
「うん、今年からはジュニアスタッフじゃなくなったから、嬉しかったよ」
そのとき、ふたりが話している横を長身で黒髪、黒い瞳の少年がスッと通り過ぎて、クラスに入っていった。短い髪は、しかし、わずかなウェーブがわからないほどではない。
「ディープ。あれ、誰?」
「知らないの?いつも学年トップのグラントだよ。ラディは成績には興味ないからなぁ。同じクラスになるのは初めてだね」
「うーん、あの身長!キーパーがもうひとり欲しいんだよな」
「もしかして、チームに誘うつもり?無理じゃないかな。彼は誰とも与しないらしいから」
「ふーん」
「おーい、そろそろみんな中に入って!始まるよ〜」
呼びかける声に、通路に出ていた生徒達は室内に入っていった。
*
どんな学校にも嫌味な教師はいるもので、その教師も重箱の隅をつつくような内容のテストを行っては、嫌味な講評をするのが常であり、上から目線な物言いが生徒達に不評だった。例えば、良い結果だと「いつまで続くかな」と冷笑し、少しでも悪い結果だと「努力が足らん」と叱責した。
そんなある日、事件は起きた。
静かな教室内で皆がテストに取り組む中、その教師の声が響いた。
「何をやってる!?不正行為か?」
ザワッと教室内がゆれた。ひとりの生徒が腕をつかまれていた。
「僕は何も…!」
「じゃあこれは何だ?さっき操作してただろう?」
つかんだ少年の手を無理に開かせると、中には小さなイヤフォンがあった。
「ちょっと待ってください。先生、マックスは聴力を補うためにイヤフォンの使用を認められているはずです」
立ち上がって訴えたグラントに、
「そんなことは知らん。マックス、出て行きなさい」
うなだれて出て行く彼に追い討ちをかけるように、教師は続けた。
「前回の結果が良かったのだって疑わしいものだ」
「マックスはちゃんと努力してます。先生は言って良い事と悪い事の区別もできない教師なんですね」
グラントの言葉に、血が昇った教師の顔がどす黒く染まった。
「グラント。私を侮辱するのか?いくら成績が良い君でも今のは減点対象だぞ。撤回して謝罪すれば考えないでもないがね」
「僕は謝罪するつもりはありませ—」
グラントが言いかけたとき、
「先生!すみません」
教師が声の方を見ると、ディープが挙手していた。
「何かね?」
「ラディが気分が悪いそうです。僕、衛生委員なので、一緒に退室しても良いでしょうか?」
ディープが示した隣の席で、ラディが机に突っ伏していた。
「あ…あぁ、そうしなさい」
口を押さえてうつむいているラディの腕をとってディープが支え、退室していくふたりが側を通り過ぎるとき、ラディがこっそり目配せしたことにグラントは気がついた。
(え?)
ふたりを見送ったグラントは教師の方に歩いていった。
「な…何かね?グラント」
「回答終わりました。退出してもいいでしょうか?」
「あぁ…」気をそがれたように、教師はうなずく。
その後も教室内のざわめき、ささやき声は収まらず、試験は中止、後日やり直しとなった。
教室を出ると、グラントはラディとディープの姿を探した。通路の片隅でうつむいているマックスとふたりは話していた。
「お前、何でそんなことっ!」
ラディの押し殺した声が聞こえた。
「グラント…」
近づいていくグラントに気がついて顔を上げたマックスの声に、ラディとディープがふりむいた。
「ラディの体調が…というのは、嘘だったんだね」
ラディは黙って肩をすくめ、ディープはマックスに言った。
「マックス。グラントに謝った方がいいよ。君を信じてくれてたんだから」
「前回は良い成績だったから、今回も結果を出さないと何を言われるかと思って不安で、つい…」
グラントはため息をついた。
「カンニング…本当なのか」
「ごめんなさいっ」
マックスはペコっと頭を下げると、グラントを避けるように走り去った。
あまり感情を出さないグラントが、一瞬、傷ついた顔をしたのをふたりは見た。
「クラス担任からマックスの勉強を手伝ってあげるよう頼まれたんだ。まじめに取り組んでたから、もう大丈夫だと思った。逆にプレッシャーに感じてたとは気がつけなかった」グラントは小さくため息をついたあとで、「…ディープ、ラディ。もしかして僕を手助けしようとしてくれたのか」
「うん、まぁ、そういうことになるかな」
ラディが言って、ディープも
「余計なこと、だった?」
グラントは微かな笑みを浮かべて言った。
「いや…ありがとう」
この事件をきっかけにマックスは結局、学校を去ることになった。そして、グラントはラディ、ディープと会話を交わすようになった。
ラディがグラントをチームに誘ったのはそれからまもなくのことだった。
*
数ヶ月後、「今日は新入生を紹介します」
教師に言われ、クラスの生徒達の前に立ったのは、プラチナブロンドと青灰色の瞳で中性的な印象を受ける少年だった。
「ステフと呼んでください。得意なスポーツはサッカーです」
「ステフ。君はクラス委員長のグラントの隣の席へ。わからないことは彼から教えてもらいなさい」
「はい」
「やったね!ラディ」
ディープが小声でささやいて、ラディは親指を立てて応えた。
休み時間にさっそくラディはステフに声をかけた。サッカーチームへの誘いと知ると、ステフは意外にも屋上で、他の生徒達から離れた場所で話しはじめた。
「確かめておきたいんだけど、そのチームって、男子だけじゃないよね?」
「……?」
怪訝そうな表情のラディに、
「別に隠すことでもないから言うけど、僕はトランスジェンダーだから」
「それってどういう…?」そこでラディは気がついた。「君は女の子なのか…!」
屋上の手すりにもたれたステフは少し不本意そうに
「その言われ方はあまり好きじゃない」
「…ごめん」
髪、瞳、皮膚の色、そして性別も、多様な子供達が学内にいることにラディは思い至った。
「あと数年経ったら、薬物療法や本当に望むなら手術も出来るって言われてる。でも、それまでは中途半端だけど、これがありのままの僕なんだ。僕はサッカーが好きだけど、受け入れるのは君達次第だ」
ステフはしっかりとした自分を持っていた。ラディは彼と一緒にプレイしてみたいと思った。
「もちろん!よろしくステフ」
ラディが差し出した手をステフはしっかりと握り返した。
*
クラスの授業はオンラインでも対面でも選択可能だったから、毎日通学する必要はなく、中にはほとんど来ない生徒もいたが、数週間の内にラディはクラスメイトのうち、ひとりを除く全員を把握していた。もちろんチームを強くするためで、この頃のラディにとってはサッカーが全てで、選抜選手として推薦されるのが目標だった。
ただ一度も姿を見せていないそのひとりのクラスメイトの存在が、ときおり気になっていた。
やがて試験期間が終了して、学年内の順位が公表された。
不動のトップはグラント、だが今回初めて2位に上がったのは、ラディの見知らぬ名前だった。
「誰?こんなヤツいたっけ…?」
「あぁ、あの子だね。すごいね」
グラントが教えてくれたのは、一度も登校していない例の生徒の事だった。
「ずっと入院していたらしくて、今は家にいるんだけど、まだ学校には出て来られないらしいよ」
「ふーん、どんな子なのかな?」
会話を聞いていたステフが小首をかしげた。
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