第17話

 激しい雨は、いっこうにやむ気配をみせなかった。

 モーリスはレオナルド号から戻ってきていたが、そのまま休む間もなく、船の動力区に向かった。周りがかなり暗くなってきていることにも気がつかず、作業に集中している彼の背後で、誰かがライトのスイッチを入れた。モーリスは手を止め、ふりかえった。

「ラディ」

「食事、持ってきたよ」

 ラディはトレイをモーリスに渡し、そばに腰を下ろした。

 かすかに雨の音が聞こえてくる。

「モーリス、聞いておきたいんだけど」

「……?」

 モーリスは食事の手を止め、ラディを見た。

「結局…、どうする?レオナルド号の所在だけでも知らせる?」

 モーリスはハッとして、うつむいた。


 本当は自分からはっきりさせなくてはいけないことだった。その、誰にとっても聞きにくいことを、聞かずに済ませたいことを、あえて聞いてくれたのだ。そして、どれほどみんなが心配してくれているかも、わかっていた。だが、正直なところ、まだ決められずにいた。


「まだ…、決めてないよ」そして、話しながら確認しようとしているかのようだった。「ラディ。僕も最初は、今回うまくいけば、何か変わるんじゃないかと思っていたんだ。でも、調べたらこの船にも両親の研究が使われていたんだ。未完成だったけどね。未完成だったから、たくさんの人が亡くならなくて済んだのだし、完成していたらこの船は撃墜されずに済んだはず。考えてもよくわからなくなって…」

 モーリスは作業しながら、ひとりでずっと考えていたのだろう。

「結果的にはこうなって良かったのかもしれない。そして—」


 このとき、モーリスは決めたのだ。

「レオナルド号はこのままに。公表はしない」

「…そうか」

 ラディはトレイを受け取って、立ち上がった。

「じゃ、がんばれよ」

 何の力にもなれない自分をラディが悔しく思っていることに、モーリスは気がついただろうか。

「うん」

 疲労の色がわかる顔色で、それでもモーリスは笑顔を浮かべた。


 

 船はこの場所で3日目の朝を迎えようとしていた。

「雨が…、止んだ!」

 ディープの声にラディとステフは窓に駆けよった。グラントが投影したスクリーンの中で、船体から水滴がキラッと光りながら滑り落ちる。明るくなった空の所々で、灰色の雲が切れかけていた。

「モーリスに知らせてくる!」

 ラディは駆け出した。

 天候が回復して飛行艇が補給基地まで飛べれば、交換用部品が手に入るのである。


 ちょうどその頃、モーリスは通路を歩いていた。

「あとは最終チェックだ。よし!」

 そのとき、突然、床が傾いた。


「わっ!!」

 通路を走っていたラディはその勢いでバランスを崩し、壁にぶつかってしまった。何が起きたのかわからないまま、とにかく戻ろうと、ラディは傾いた床を苦労して引き返しはじめた。


 モーリスも、何が起きたのかわからないまま壁につかまっていたが、再び床が傾いて、水平に戻り、今度は逆側に少し傾いて止まった。

(え?何?)


 操縦室の入口で、ラディとモーリスは一緒になり、そのまま室内に飛び込んだ。

「どうしたの!?」

 モーリスの問いに、ステフがふりむいてスクリーンを指さした。

「ふたりとも、あれを!」

 雨で泥沼化した地表のあちこちが陥没していく。

 激しい揺れが生じて、5人は投げ出され、あるいはよろけ、手近のものにつかまろうとした。

「グラント、発進して!!」

 ふりかえったグラントに、モーリスはたたみかけるように続けた。

「チェックしてる時間がないけど、早く!」

 それぞれどうにかシートにたどりついて、安全ベルトをしめる。エンジンが始動して、振動が伝わる。

 緊急発進!強いGがかかる中、船は上昇した。


 上空で船が静止して、ようやくGから解放されることができた。モーリスはさっそく最終チェックをやり直した。なにげなくスクリーンを見たステフは、そこに広がる光景が信じられなかった。

「みんな、スクリーンを見てっ!!」


 レオナルド号がゆっくりと傾き、船尾から泥沼の中に沈もうとしていた。誰ひとり声もなく見つめる中、やがて完全に呑み込まれ、視界から消えた。


 モーリスはレーダーを確認した。

「金属反応、無し」

「どおりで今まで発見されなかったわけだ…」

 ラディがつぶやいた。

 空調の音だけがかすかに聞こえる室内で、しばらく誰も何も言わなかった。

 ラディはゆっくりとモーリスのそばに歩み寄ると、その肩に手をおいた。モーリスはラディを見上げ、再び視線を戻してうつむくと、

「これで良かったんだと思う」小さく言った。


 おそらくこの出来事は誰も信じようとしないだろう。だが、この5人だけはここにレオナルド号が眠っていることを知っている。もう少しで彼らも同じ運命をたどるところだったのだ。


 あとには何もない泥沼だけが広がっていた。

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