第18話

 ヴァルナの補給基地は、システム制御により完全に無人化されている。モーリスは基地であらためて船を整備して、レオナルド号の部品を大切に保管した。


 船倉に自動的に運び込まれてくる資材を、モーリスは確認していた。

「モーリス、代わろうか?」

 ディープはモーリスの身体を心配していた。

「ありがとう。でも、大丈夫」

 モーリスは手を休めなかった。

 ラディも休もうとしないモーリスのことが気がかりだった。

「ディープ。モーリス、ずっと休んでないよね?」

「うん、僕も心配なんだ。でも…」

「でも?」

「モーリスは何かしていないと余計なことを考えてしまうからじゃないかと…」

 ふたりは手を止めることなくリストをチェックしているモーリスを離れて見ていた。

「…そうかもしれないな」

 ラディがつぶやいた。


 食堂にモーリスが入ってきた。

「搬入、終わったよ。もういつでも出発できるよ」

「お疲れ」

 ラディがコーヒーを持ってきてくれた。

「ありがとう」

 ひと口飲んで、そのまま彼はぼんやりしていた。4人の談笑が遠くに聞こえて、モーリスの耳を素通りしていく。

「—と、いうわけで、発進許可を3時間後に出してもらおうと思うんだけど、いいかな?モーリス」

 突然、耳に届いたグラントの声に、

「え?あ、いいよ、それでお願いします」

 そんなモーリスの様子に気がついたディープは顔をくもらせた。

「それじゃ、準備にとりかかろう」

 グラントが言って、それぞれ立ち上がった。

 最後に部屋を出たモーリスを待って、ディープは

「モーリス、少しでも休んだ方がいいよ。あとで声をかけに行くから」

「あ…うん。そうする」

 モーリスは自室に向かった。


 デスクの写真に向けて、モーリスは問いかけていた。

(父さん、母さん、僕は間違ってないですよね?)

 そのままほんの少し目を閉じるつもりでいて、気がつくとかなりの時間が過ぎてしまっていた。

(行かなくちゃ—)

 立ち上がった瞬間、周りの世界が暗転し、彼は激しい目眩に襲われた。立っていることができなくて、床に座り込んでしまう。そのまま動くことができない。

 そこへ、コール音がして、ラディの声がした。

「モーリス、起きてる?」

 ドアを開けた彼は息をのんだ。

「モーリス!?」

 モーリスに肩を貸して助け起こす。

「大丈夫か?」

「目眩がする…」

 顔色が真っ青だった。

「とにかくベッドへ」

 ラディはモーリスを横にならせて、衣服をゆるめた。


 ラディから呼ばれて部屋に着いたとき、ディープは慌てている素振りなど少しも見せなかった。

「あとはまかせて。ラディは操縦室に行ってグラントを手伝って」

「わかった」

 来るべきものが来たという気がした。

「モーリス」

 その額に浮かぶ冷たい汗をふいてやりながら、ディープは静かに名前を呼んだ。

「—あ、ディープ」

 モーリスはかすかに目を開けた。

「モーリス、ちょっとデータを取らせて」

「…うん」

 ディープは手早くモーリスの身体をスキャンすると、検査データをチェックした。


(こうなることは、わかっていたはずだ)

 通路を歩きながら、ディープは思い返していた。


 レオナルド号で作業しているモーリスに『モーリス、大概にしないとまた倒れるぞ』そう言った自分と、船倉でリストを確認しているモーリスに『モーリス、代わろうか?』と言ったときに、『ありがとう。でも大丈夫だよ』そう答えたときのモーリスのことを。


 あのとき、もっと強く言って止めればよかったと後悔する反面で、モーリスの気持ちを考えればこそ、あれでよかったんだと思う。でも、もっと他には方法がなかったものかと、医師の立場と友人としての立場の間でゆれていた。

(身体は治せるから、それよりもモーリスの心の方を尊重しようとそう考えて、この前決めたはずじゃないか。とにかく今はモーリスの快復を考えなくちゃ…)

 彼は迷いを追い払うように頭をふった。


 ディープが操縦室に入っていくと、心配そうな顔が一斉にふりむいた。

「おいおい、みんなそろってそんな顔をしないでほしいな。…心配するのは僕ひとりでたくさんだよ」

 最後の方は、ひとり言のように小さく言って、ディープは自分のシートに腰を下ろした。

「ディープ、モーリスは?大丈夫?」

 なおも心配そうなステフに、

「大丈夫だよ。ただの過労だよ」

 そう、ただの過労で、データからはディープが心配している徴候は見られなかった。とりあえず良かったと思う。ディープは両手で顔を覆い、大きく息を吐いた。


「ディープ」

 不意に誰かの温かい手が肩におかれるのを感じた。その掌の先に腕があって肩があり、そのさきには黒い瞳があった。

「君の判断は正しかったと信じるよ。モーリスにとってはあれで良かったんだと思う」

 グラントの静かな声がした。

(グラント…)

「ディープ、モーリスが落ち着いたら、僕、話がしたいんだけど」

 ステフがためらいがちに切りだし、ディープは顔を上げた。

「わかった。そのときには知らせるよ」

 ディープはモーリスの部屋に再び戻っていった。



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