第16話
しばらくして戻ってきたステフは、雨で濡れた髪と服にもかまわずに、
「モーリスは?」
「まだ眠ってると思うよ」
ディープが答え、ラディが苛立たしそうに、
「いったいどうしたんだ、ステフ」
ステフの瞳がきらめいた。
「交換用の部品があるんだよ」
3人ともほぼ同時に、
「どこに!?」
「モーリスに教えてくるね!」
「ステフ、ちょっと待って…」
ディープが止める間もなく、ステフは行ってしまった。
「いったいどこにあるというんだろう?」ひとり言のようにつぶやいて、「あ、まさか!」ラディは答えに思い当たった。
「そのまさかだと思う、たぶん」
グラントの冷静な声が、ラディのつぶやきを拾った。
「だってモーリスは?」ディープの問いかけに、
「モーリスのことだから…」
「グラントもそう思うんだね?モーリスを止めてくる。あの状態で飛び出したら…」
ディープはグラントに前をさえぎられた。彼は黙ったまま首をふった。
「グラント!ラディも、モーリスを止めてよ」
「モーリスが自分で決めることだし、僕達に止めることはできないよ」
降り続く雨を見ながら、ラディが静かに言った。
*
深く眠っていたモーリスは、コール音に応えなかった。ドアのロックは開いていた。
「モーリス?」
ステフが入ると、明かりをおとした室内で、向こう向きで眠っているモーリスの姿が見えた。
「モーリス」
ステフはモーリスの肩に手を置いた。
「—う…ん?」
ややあって、ようやく眠そうな声で反応があった。
「モーリス。レオナルド号の部品を交換用に使ったらいいんじゃないかと思って—」
モーリスはいっぺんに目が覚めて跳ね起きた。
「何?早く言ってよ!」
ブーツを履く間ももどかしく、慌ただしく上着と工具セットをつかんで、入口で彼はふりかえった。
「あ、ステフ。ディープにあやまっといて!」
彼は部屋を飛び出していった。
ステフが戻ると、待ちかまえていたディープが厳しい口調で、
「ステフ!モーリスに何て言ったんだ?」
「え?レオナルド号の部品を使えばいいと…」
その瞬間、彼は自分が何をしたかを知った。
レオナルド号の部品を緊急のためとはいえ、無断使用したことで、あとでモーリスは責められることになるだろう。それを避けるためには、レオナルド号の発見を公表しないか、あくまで部品については知らなかったとするかだが、モーリスがどうするかはわかりきっていた。
「ステフ。君はモーリスに何をしたかわかってる?」
ディープの口調は少しだけやわらいだが、追及するのをやめなかった。
「確かにそれで船は直る。でもそうしたら、モーリスがやろうとしていることは—」
「もうやめろよ、ディープ。ステフひとりを責めたって、仕方ないよ」
ラディが途中でさえぎった。
「モーリスのところへ行ってくる」
ディープは部屋を出ていった。
レオナルド号の船内では、所々雨が漏り、水が溜まっている箇所もあった。
「モーリス!いい加減にしろよ!大概にしないと、また倒れるぞ!君は無理できない身体なんだから」
モーリスは手を休めようともせずに言った。
「ディープ。それは医師としての言葉?それとも友達として?」
穏やかな口調でも、ディープは痛いところをつかれ、
「そんなことはどうだっていいだろう!」
ごまかすように声が大きくなったあとで、ふいに彼は口調をゆるめた。
「モーリス。…いいの?」
「何が?」
「僕が言いたいことはわかってるよね?」
「だから、何が?僕はレオナルド号をどうするとか何も言ってないよ。だから、部品を—」
ディープはモーリスを途中でさえぎった。
「モーリス」
モーリスは背中を向けたまま、黙って作業を続けている。
「本当にいいんだね?」
モーリスは、はじめて手を止め、ふりむいた。その瞳がキラキラとして見えるのは、ライトのせいだけではなかっただろう。
「ねぇ、ディープ。僕が何をしようと、僕の両親はもういないんだ。たとえレオナルド号を発見したことで何かが変わるとしても、もう戻ってこないんだよ。それなら、僕は過去のことよりも、今を大切にしたいと思うんだ」
モーリスの瞳の中のキラキラしたものがあふれ、頬を伝わる。
「僕は間違っているかな?」
—船体をたたく外の雨音だけが響いていた。
ディープは小さくため息をついた。
「わかった。だけど、くれぐれも無理しないで欲しい」
ディープにはわかっていた。そう言ってももうムダなこと。こういう状態のモーリスの身体がどうなるのかということ。わかっていてなお、すべてを引き受ける決心をしたのは、たぶんこのときだったと思う。
「うん、ありがとう。ディープ」
そう言って、モーリスははじめて笑った。
船に戻ったディープはステフを探した。操縦室にいたラディが、ステフは自室にいると教えてくれた。
部屋の前で、ディープは息を大きくひとつ吸うと、コール音を鳴らした。暗い室内では、ステフがデスクの上の両腕の間に顔を伏せたまま、応えなかった。
「ステフ、いる?」
ディープが入ると、ステフが顔を上げた。
「ステフ、さっきはごめん」
「…ディープ、僕は」
ディープは首をふった。
「さっき、モーリスと話してきた。彼が自分で決めたことに、僕達は何も言えないよね?」
「でも…」
「それでいいんじゃないかな。行こう、ラディもグラントも心配してるよ、きっと」
ステフは小さくうなずいた。
「…ありがとう」
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