第50話

 船を出発し、それぞれの方向に分かれた後、ディープとモーリスの艇は、氷の切れ目にできた小さな谷に着陸した。さっそく付近を調査する。地表のサンプルを採取していたディープは、背後でSUBが出した警告音にふりかえった。

(……!!)

 赤いランプを点滅させているSUBの向こうで、飛行艇のそばの氷の壁が突然、大きくふくらんだように見え、次の瞬間、吹き飛んだ。それにのみこまれる形で、艇が爆発して——!!

「あぶない!!」

 とっさにモーリスを押し倒して、ディープはその上におおいかぶさるようにして、かばった。


 ——衝撃がきた。


 SUBがガチャガチャと音を立ててひっくり返った。飛んできた破片のいくつかのうち、鋭いひとつがディープの右肩から背中にかけてを傷つけた。


 少したって爆風がおさまり、あたりが静まっても、モーリスは呆然としていた。耳鳴りがまだおさまらない中で、自分をかばったまま動かないディープに気がついた。

「…ディープ?」

 モーリスは身体をずらして、半身を起こした。なにげなくディープをつかんだその手に、べったりと血がついてきた。

「ディープっ!!」


 おぼろげな記憶の中で、ディープが覚えているのは、近づいてくる飛行艇のエンジン音と、そのライトの光の中、シルエットで浮かびあがった手を振るモーリスとSUBの姿だった。


 モーリスは怪我もなく無事だったが、ひどい顔色にステフが気がついて、船に戻ったあとで休むよう強く言った。

 ベッドに横になっても気持ちが休まらず、モーリスの目に涙がにじむ。

「ディープは僕のせいで…!」

「モーリス」ステフは話をやめさせた。「とにかく今、君がしなければいけないことは、休むことだよ。何も考えない方がいいよ」

「…うん、わかってる。でも、眠れそうもないから、薬を飲んで寝るね」

 処方されている薬をステフから渡してもらって飲むと、モーリスは目を閉じた。少ししてようやく眠れたようで、寝息が聞こえてきた。


 ディープが気がついたのは、船の医務室のベッドの上だった。

「…気がついた?」

 ラディが心配そうにのぞきこんでいた。

 自分がここを使うはめになるとは思わなかったと、ディープは思った。医療データを見せてもらったが、数字の羅列に今は何も考えられず、何の考えもまとまらない。

「右の肩から背中にかけて、ザックリいってるよ。太い血管は傷ついていないと思うけど。とりあえず、マニュアル通りに、痛み止めと止血剤、抗生剤を使った」

「…ありがとう。モーリスは?どうしてる?」

「無事だよ。さっき休ませた。とにかく今は何も考えるなって、言ってある」

 話しながらも、ラディは処置する手を休めなかった。

「止血テープだけだと厳しいか…。ちょっと腕を動かすよ。痛むかも」

 思わず悲鳴をあげそうな激痛を、ディープはかろうじてこらえた。

「ごめん」そう言いながら、ラディは冷静に処置を続けた。

 ディープは大きく息を吐き出した。全身に冷たい汗が吹き出していた。

「モーリスのこと、頼むね。あとはラディにまかせるから」

「わかった」

 眠りに落ちる前、ディープはそう言った。そして、そのままずっと目を覚さなかった。


 船は、最も近い有人医療ステーションをめざしていた。NAVIの計算によれば、約1日で到着できるはずだったが、大きな問題があることを知った。近くの星域で起きた大型客船の事故で、輸血用の製剤が不足していたのだ。次に近いステーションまでは10日を要した。

「くそっ!八方塞がりか!」

 ラディが悔しそうに言う。グラントもステフも、何か方法はないものかと必死に頭をめぐらせた。

 そのとき、「方法はあるよ」

 モーリスの声に、3人は同時にふりかえった。モーリスが入口に立っていた。

「モーリス、起きて大丈夫なの?」

 ステフの問いに、彼はうなずいた。

「僕の治療用の人工血液を使えばいいよ」

 モーリスは定期的に輸血を必要としていたため、船にはその在庫がある。

「バカ!そんなことできるわけないだろう?自分の分はどうするんだよ」

「少しくらい間隔があいても大丈夫だから」

「平気なわけないだろう?」

 モーリスの身体への負担を考えると、無理な相談だった。

「じゃあ、ラディはディープがどうなってもいいって言うの!?」

「そんなことは言ってない!」

「他に方法があるわけ?!」

「ちょっと待って」グラントが、割って入った。「NAVI、いちばん近くの無人緊急ステーションは?」

「ハイ、ココカラ、ヤク10ジカンノキョリです。イチザヒョウヲダシマス」

 グラントはそれを見て考えた。

「飛行艇で血液を取りに行って、そのあと合流すればいい。NAVI、航路計算!」

「リョウカイシマシタ」

 どうにか間に合いそうだった。と、いうより他に方法がなかった。


 飛行艇で飛ぶのは、ステフに決まった。彼は自分から言ったのだ。

「ステフ、SUBを連れてって。役に立つはず」

「ありがとう、モーリス」

「気をつけてね」

 ステフは緊張した硬い表情のままうなずき、艇に乗り込んだ。飛び立った艇はあっという間に見えなくなり、宇宙空間に吸い込まれていった。


 しかし、それから数時間が過ぎたとき、艇との連絡が途絶えた。

「ステフ!ステフ!応答してくれ!」

 グラントの呼びかけにも、通信機は沈黙したままだった。レーダーが乱れ、機影をとらえることができない。

「…宇宙嵐」

 モーリスがつぶやいた。

「ソウデス。ゲンザイ、アラシハ、ヒコウテイノシンロジョウニ、ヒロガリツツアリマス。コノママデハ、マトモニソノナカニ、ツッコンデシマイマス」

 おそらく客船の事故というのも、それが原因ではないかと思われた。


 その頃、ステフも通信不能状態に気がついていた。横でSUBがピピッと音を出した。

「何?SUB。」

 SUBはクルッと頭をステフの方に回し、

「ゼンポウニ、ウチュウアラシ、キケンデス」

「何だって!?大きさは?」

「ホボ、コウロゼンタイヲフサイデイマス」

「迂回するとどのくらいかかる?」

「ヤク8ジカンデス」

「それじゃ、時間がかかりすぎる。SUB、この機体は嵐に耐えられるの?」

 SUBは抗議するように、激しくランプを点滅させた。

「キケンスギマス!ウカイスベキデス」

「耐えられるんだね?」

 SUBは点滅をやめた。

「…ハイ」

「それじゃ、このまま行くから」


 さらに時間が過ぎた。

 ステフとは連絡がとれないまま、おそらく彼は進路を変えずに行くことを選んだに違いなかった。

 コーヒーを持ってきたラディは、船の振動に気がついた。操縦席のグラントが、

「今、ちょうど嵐の横を通過しているところだから、やっぱり揺れるね」

「モーリスは?」

「少し休ませたよ」

 さっきまでグラントは、モーリスとNAVIと、計算を繰り返していた。今、ようやくひと息ついたところだった。

「計算によると、艇の機体は何とか大丈夫だと思う。でも、嵐の中というのは何が起こるか予想もつかないから…」

「グラントは嵐の中を飛んだことって、ある?」

「1度だけ。できることなら、もう2度としたくないと思った。」

「…そう」

 今頃、ステフは嵐の中だろう。

「ディープの具合はどう?」

 ディープは出血が続いていて、熱も高く苦しそうだった。船内でできる処置は限られ、早くきちんとした治療が必要だった。

「今のところ、なんとか…という状態」

「…そうか」

 それきり、会話が途切れ、ふたりとも黙り込んだままコーヒーを飲んでいた。








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