第38話
ディープが再び訪れたのは、それから数週間後のことだった。迷って悩んだ末に、彼は主治医を引き継ぐ決心をした。
悩んでいるディープに、ラディは「モーリス本人に聞いてみればいいんじゃないか?」と言ったのだ。そのときの、モーリスとの会話を思い出す。
『うーん、僕にとっては今まで通りであまり変わらないかな。ディープの気持ちだけの問題だよね?責任をとる、責任を負う、責任を感じる…とか、いろいろ言い方はあるけど、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな。僕は今までディープに責任をとって欲しいと思ったことはないから。それでも、どうしても責任を持ちたいと言うのなら、半分だけ持ったらいいよ』
『え?』
『あとの半分の責任は僕が持つから。ね?』
そう言って、モーリスは笑った。
そして、宇宙港管理局に何度も通ったラディは、ヘルマからの第2次船団で、グラントとステフが帰還したことを知った。ただし、その船団が到着したのは、近くのメトロポリス港ではなく、惑星上でかなり離れたインディアナポリス港だった。
「え?」
その話をすると、ディープはあまり乗り気ではなかった。
「どうしても、今じゃないといけないの?僕がここに来るまで、待てない?」
ディープは職場の引き継ぎが済み次第、移ってくる予定だった。
「どうしても、行って確かめたいんだ」
ディープはため息をついた。ディープがどう言おうと、ラディははじめから決めていたに違いなかったから。
「わかった。僕もなるべく早く来るようにする」
「ありがとう」
余計なことかもしれないと思いながら、ディープは言った。
「だけど、ラディ。わかっているよね?一所懸命探せば、きっとふたりに会えるだろうけど、そのときふたりがどうしているかは、どうしようもないことだよ。ここへは来られないかもしれない。…それでも?」
「…わかってる」覚悟していることだった。「それでも、僕はふたりに会って、モーリスの想いを伝えてやりたいんだ。ただそれだけなんだよ」
ラディはモーリスの部屋を訪れた。
「ごめん。またモーリスをひとりにしてしまうけれど」
モーリスは笑って、
「大丈夫だよ。信じているから。待っていられるよ」
「…ごめん」
ラディはただ同じ言葉を繰り返すしかなかった。
モーリスは首をふった。
「ねぇ、ラディ。ひとつだけ約束してくれる?たとえ、ラディがひとりで帰ってくることになっても、それでもいいから、必ず帰るって、約束してくれる?」
モーリスは真剣な顔で尋ねた。モーリスもディープも同じことを言っていた。そして、ディープに会えるまでのいきさつを詳しく話していないにもかかわらず、モーリスにはわかっていたに違いなかった。
*
それから1ヶ月近くが過ぎようとしていた。
その日、部屋で文献を読んでいたディープだったが、心はそこになかった。
(ラディ、遅い…。グラント達が見つからないのか?それとも…)
ラディは、ディープのためにふたりの共同の部屋を準備しておいてくれたが、それぞれの寝室のうち、ラディの部屋は荷解きされていない荷物がそのままになっていて、帰らぬ主人を待っていた。
ラディからは、その後何の連絡もなかった。
(ラディ、わかっているよね?もし、ふたりに会えたとしても、以前のようではないかもしれない。僕が先輩の話を受けることを迷ったように…)
記憶の中、『少し考えてさせてください』あのとき、そう答えた自分がいた。
(ラディ、覚えているよね?モーリスとの約束。待っているモーリスのこと)
夜更け過ぎになって、眠っていたディープは、かすかにドアの開く音を聞いた気がした。少しして、今度はドサッと誰かが倒れ込む音を確かに耳にして、ハッと起き上がった。
(ラディ?帰ってきた!?)
隣りのラディの部屋のドアがわずかに開いていた。そして…。
ラディが帰ってきていた。
上着も脱がず、ベッドに倒れ込んでそのまま眠っているラディの疲れきったような表情に、何があったのか、ディープは想像することができた。
(お帰り、ラディ…)
ディープはそっと毛布をかけた。
翌朝、ディープが出かける時間になっても、ラディは目を覚ます気配がなく、その様子にとても起こす気にはなれなかった。
ところが、その日、ラディはモーリスの病室に顔を見せなかった。ディープは自分の態度から、モーリスにわかってしまうのではないかとそれが気がかりで、その日は一日中落ち着かない気持ちだった。
ディープが部屋に帰ると、
「お帰り。お疲れ。食事できてるよ」
ラディが迎えた。
「ラディ!どうして?モーリス待っているのに!」
ラディはキッチンに向かいながら、答えなかった。
「どうして来なかったの?」なおも答えないラディに、ディープの口調が厳しくなった。「答えろよ」
「…モーリスには?もう話した?」
ディープはため息をついて、いかにも教えたくないという口調で、
「まだ言ってないよ」
ラディは小さく息を吐いた。
「ごめん。モーリスにどういう顔をして会ったらいいのかわからないんだ…。とりあえず食事にしない?それから…話すよ」
ラディはキッチンへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます