第47話

 整備工場で忙しく働いていたラディが、額から流れる汗を手の甲でぬぐったとき、声がかかった。

「おい、ラディ!お前に面会したいって奴が来てるぞ」

 誰だろうと思っていると、男は早くしろというように顎でしゃくって、親指で肩越しに後ろを指し示した。

「あ、はい。すみません」

 ラディが出ていくと、薄暗い廊下の壁に寄りかかっていた人影が、身体を起こした。

「ラディ!」

「モーリス!」嬉しい驚きだった。「連絡もよこさずに、いきなり…。こいつは!」

 ラディはモーリスの頭を脇に抱えこんだ。モーリスはもがいて抜け出したあとで、笑って、

「ラディを驚かせようと思って」

 モーリスは船の完成を伝えに来たのだ。

「それでね、グラントとステフが1週間後に見に来るんだ」

「OK。それに合わせて行くよ。それで?ディープは何て言ってた?」

 モーリスは急に黙った。

「モーリス?」

「…ディープには黙って来たんだ」そして、ラディが何か言うより早く、「わかってる。でも、どうしても直接伝えたかったから」

 ラディは小さくため息をついた。

 そのとき、「おい!いつまで油を売ってるんだ!」

 その声にラディはハッとふりむいた。

「あ…、すみません」

 男が早くしろというように、手招きしていた。


 モーリスは仕事が終わったラディと待ち合わせて、その日は泊めてもらうことにした。

「…うん。今、ラディのところ。…うん、大丈夫。心配しないで。明日、ディープのところに寄って、それから帰るから。…それじゃ、ありがとう、ヴァン」

 モーリスは、ヴァンとのビデオ通話を終了した。

「昨夜は夜行便だって?」

「うん」

「それじゃ、あまり寝られなかったんだろう?もう休んだほうがいいよ。ベッド、使っていいから」

「え?だって、ラディは?」

「僕の心配はいいから。まったく、ディープの気持ちがよくわかるよ。また無茶をして」


 シャワーを浴びた後、モーリスは困った顔で情けない声を出した。

「ラディ。これ、どうしたらいいの?僕には大きすぎない?」

 着替えがわりに借りたラディの服は、モーリスには袖も裾も長すぎて余っていた。

「やっぱり無理か。貸してみ」

 ラディに袖と裾を何回も折り返してもらいながら、モーリスは言った。

「ねぇ、ラディ。突然来たりして、もしかして迷惑だった?」

「そんなわけがないだろう?」裾を直し終わったラディは立ち上がり、モーリスの頭にポンと手を置いて、クシャリとなでた。「会いに来てくれて嬉しかったよ。さあ、もうおやすみ」

「うん、ありがとう。おやすみ、ラディ」モーリスはベッドに潜り込んだ。


 ラディはモーリスが眠ったことを確かめると、端末を取り上げ、ディープに連絡しようとした。が、指が止まった。

(やっぱり、モーリスをだましたくはないから…。ごめん、ディープ)


 翌日、モーリスはメディカルセンターにいた。検査が終わり、服を着ながら、

「ね、ディープ。今度、みんなが船を見に来るんだよ」

 ディープはカルテに入力しながら、なにげなく聞いた。

「みんなって、いつ連絡したの?」

「え?この前、会って話を…」

 そこで、モーリスはしまったという顔をした。見事にディープの誘導尋問に引っかかってしまったから。

「モーリス。僕が、いつ、遠出してもいいって言った?まったく、また—」

 わかりきっていることを言われそうになり、モーリスはわざと、

「あ、そう。じゃあ、ディープはみんなと会いたくないんだ?」

「バカ!さっさと服を着て出てけ。忙しいんだから」

 ディープはモーリスにバサッと上着を投げつけた。

「あとで連絡するね!」

 上着を肩に、明るくモーリスが言って、出て行ったあとで、

(…わかるけど、モーリスの気持ちはわかるけど、まだ結論が出たわけじゃないんだから)

 ディープはそんな想いの中にいた。


 

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