第44話

 ステフはグラントからのメールを読んでいた。

『連絡ありがとう。モーリスの話、もちろん僕は喜んで受けるつもりです。でも、残念だけど、今すぐというわけにはいかない。3ヶ月の予定が少しのびてしまったこの航海だけど、もう少しで帰れそうです。帰ったらまた連絡します』

 ステフはベランダに通じる窓を開け、外に出た。そして、暗い空の向こう、星空の彼方にいるグラントのことを思った。

(グラント、今、どのへんにいるんだろう…)


 その頃、グラントは船の操縦室でスクリーンにうつる星の海を眺めていた。

「よ。交代の時間だぜ」

 肩をたたかれて、彼はふりかえった。

「あ、お疲れ様です」

 席を変わると、男はすばやく計器チェックをしながら、聞いてきた。

「何、考えていたんだ?」

「いえ…」そう言いかけて、グラントは思い直し、「いつか、機械が全てやるようになって、操縦士は要らなくなるのかなと、そう思って」

 実際に、実用化を目指して、自動制御された船の開発がされるという報道があったばかりである。

 男は大きく笑って、「そしたら、俺達の商売あがったりだな。ま、システムにすべての判断を任せるわけにもいかないだろう。そう心配するなよ」

「ええ」

 グラントはうなずいた。

「それじゃ、ご苦労さん。異常ないね?」

「はい。あと、よろしくお願いします」

 グラントは操縦室をあとにした。


 *


 ディープは、日ごとに帰りが遅くなるモーリスに気づいていたが、何も言わなかった。できることなら、思う通りにやらせてやりたかったから。

 しかし、その夜、

(そろそろ寝なきゃ)と、端末を閉じて立ち上がったとき、モーリスは軽い目眩を感じた。

(あ…)

 デスクに片手をついて支えているうちに、目眩はわずかな時間で治まり、彼は大きく息を吐いた。

「モーリス、まだ起きてるのか?」

 そのとき、ディープの声がした。モーリスの部屋に遅くまで明かりがついていることに気がついて、様子を見に来たのだった。

 モーリスは、何事もなかった様子で、

「うん、今、寝ようと思ったところ」

 ただ少し疲れているだけだと、そう思おうとした。


 翌日、ディープは、モーリスの検査結果をみていた。おもわしくない値に、再検査となればそれだけで疑うであろうモーリスにどう話すべきか、迷っていた。


 夕食のあとで、ディープは切り出した。

「モーリス。できたら少し時間をくれないかな?再検査したいんだ」

 モーリスの目が大きく見開かれた。

「どうして!?検査したばかりじゃない?」モーリスは既に感じたらしく、「何か…よくない結果があったの?何が心配?…どうしても受けなければいけないんだよね?」

 ディープはうなずいた。

「じゃあ、せめてあと1週間待ってくれる?船の基礎設計だけでも終わらせたいんだ。1週間後、必ず受けるから。いいでしょう?」

 それ以上のことは、ディープには言えなかった。


 その晩遅く、モーリスがディープの部屋に来た。

「ディープ、起きてる?」

「何?眠れないの?」

 モーリスは首をふった。

「ね、約束してくれる?僕に嘘をつかないって」

 ディープは心の中を見透かされた気がした。

「何で?僕がいつ君に嘘をついた?」

「今までのことじゃないよ。これからのこと。僕はディープを信じていたいから。本当のことを言えずにいるディープを疑うようにはなりたくないんだよ」

 ディープはモーリスと約束したが、それでもその時は、まだ本当のことを言えなかった。


 それから数日して、ディープはモーリスの空っぽのままのベッドを前に、ため息をついていた。

 昨夜、とうとうモーリスは帰ってこなかったのだ。それでも、行き先だけは残していたので、

「しかたない。迎えにいくか」

 ディープは、その日の休みを使って行くことにした。


 彼が工場を訪れると、ヴァンが迎えてくれた。

「心配されたでしょう。坊ちゃんは今、休んでいるので起こしたくないのですよ」

 ディープは、ヴァンにはモーリスのことを知っておいてもらうべきだと、今の状態について話した。

「…そうですか」そう言ったきり、少しの間、ヴァンは黙っていた。「私も心配しているのです。坊ちゃんはなんだか先を急ぐようで、自分でもわかっているのかもしれませんが…」

 ヴァンは遠い目をした。

「あの事故さえなかったら…」

 おそらく、今まで何度もそうして自分を責めてきたに違いないのだろうと、ディープには思えた。


 *


 話はまだ平和な頃、モーリスが幼かったときにさかのぼる。

 彼の両親は、新しいエネルギーの研究開発にたずさわっていた。その日、敷地内の工場で小さなトラブルがあり、連絡を受けたヴァンはすぐ戻るつもりで研究室を出た。急いでいたとはいえ、いつもなら必ず施錠を確認するはずだったし、今までただ1度もそんなことはなかったのに、そのときに限って、ドアが完全にロックされなかったことに気づかなかった。


 そして、そのわずかな間に事故は起きた。


 モーリスはその実験棟に近づくことを禁じられていたが、そのとき、飛ばして遊んでいたドローンを誤って敷地内に墜落させてしまった。

「怒られるかな?…あった!」

 おそるおそるそっとのぞくと、建物の入口近く、すぐ手の届くところにみつかった。幸い、人影はない。誰にも見つからないうちにと拾いあげたとき、建物の中でアラームが鳴るのが聞こえた。


 ドアは簡単に開いた。

 様々なランプが点滅を繰り返して、たくさんの機械が稼働している。

(わあ…。なんだかスゴイ)

 ヴァンはそこで小スケールでのシミュレーション実験を行っていた。しかし、そのときほんの少し、計算より発生するエネルギーが多かった。

 警告音が鳴り響き、次の瞬間、小さな爆発が起きた。幸いなことに爆発は実験室内だけにとどまっていたが…。


 最初に駆けつけたヴァンが、倒れているモーリスを発見した。大きな怪我はなかったが、この事故で発生した放射線のエネルギーが、彼に今後どんな影響を及ぼすのか、すぐには答えが出なかった。

 ヴァンは辞表を出したが、モーリスの父親は受理しなかった。そして、モーリスはそのとき「ヴァンだけを責めないで欲しい」と言ったのだった。





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