第21話

 防疫施設は広い宇宙港のはずれにあった。一応の調度品がそろってはいるものの、白い壁が殺風景すぎる一室だった。窓の外には、宇宙港とひっきりなしに発着する船が小さな光の点となって遠ざかるのが見え、遠くに高層ビル群と、それを取り巻くようにつなぐ透明なチューブ、シティの街並みが見渡せた。


「僕達が帰ってくるたびに、この街は変わっていくね」

 窓の外を見ていたステフがつぶやいた。

 立体TVではアンドロイドのキャスターが喋っている。

「計画によれば、こちらの地区の復興開発は1ヶ月後に開始することです。以上、この時間のニュースを終わります」

 ベッドの上であぐらをかいていたラディは、画面を消すと、頭の上で腕を組んでそのままあおむけに寝転んだ。

「あーあ、うんざりするなぁ」

 これから検査漬けの数日が待っていた。

「ラディ、モーリスのことを思えば、僕達はずっと簡単に済むんだから」

 隣のベッドに腰かけているディープの言葉に、ラディは身体を起こし、

「モーリスは?メディカルセンター?」

「うん、仕方ないんだ。でも今回は…」

 モーリスは体調が回復しないまま、さらに詳しい精密検査と治療を要していた。

「心配だね」そう言うグラントに、ディープはうなずいた。

「いつもなら、なんとか許可が出るんだけど…」ディープの表情がくもる。

「モーリス、大丈夫かな」

 ステフがポツリと言った。


 隔離期間が過ぎ、無事に解放された4人は、はじめのうちこそホテルに泊まっていたが、結局、停泊している船に戻ってきていた。狭いとはいえ、彼らの落ち着くホームはここしかなかった。

「モーリス、ずいぶん時間がかかってるな…。いつもなら、とっくに連絡があっていい頃なのに」

 ラディが言うまでもなく、ディープは誰よりも心配だった。4人が船に戻ってきたのは、モーリスがいないままでは休暇の予定が立てられないということもあった。

 そのとき、食堂に操縦室から船内通信の呼び出しがあり、そばにいたラディが出た。

「あ、ステフ。グラント?今、かわる」

 グラントは黙って席を立った。

「えっ?」

 会話の中身は聞こえなかったが、めったに感情を出さないグラントの表情が変わったのを、ふたりは見逃さなかった。

「調査局まで行ってくる」

 通信を終えたグラントが上着を手にした。その表情が硬かった。

「調査局!?」ラディが声を上げた。

 休暇中の緊急呼び出し。それが何を意味するのか。次の調査、しかも急を要する何かが起こったということである。

「とにかく行って事情を説明してくるよ」

 グラントは出て行った。


 だが、そのグラントの努力もムダに終わりそうだった。担当の係官は、彼の言葉に耳を貸そうとはしなかった。連絡が途絶えたまま大幅に到着が遅れているスペースランナー号の調査に、すぐ発進できる船が他にいなかったのである。

「—わかりました。」

 係官の前を退出しようとしたそのとき、

「そうだ、グラント君。この前の話を考えてみてくれたかね?」

(え?)

「今の船は、君にはもったいなさすぎるよ」

 その言葉で思い出した。別の船の艦長を、という話があったことを。

「残念ですが、お断りします」

 グラントにとって返事ははじめから決まっていたので、すっかり失念していたのだった。

「なぜ?何が不満かね?条件として、不足はないはずだが。次にまたこのような話がくることは、もうないかもしれないぞ」

 グラントがまさか断るとは思ってもいなかったに違いない。

「不服なんてありません。ただ—」グラントはまっすぐに係官を見ると「僕は今の船が好きですから」

 本当に心からそう思っている者だけが口にできる口調と表情で、彼は静かにそう言った。

「失礼します」

 何も言えない係官に、グラントは丁寧に敬礼して、部屋を出た。

 おそらくあの係官にはわかり得ないことだろう。わかってもらう必要もなかった。安全で将来も保証されている定期航路の操縦士よりもこの船を選んだことについて、グラントは今までただの一度も後悔したことがなかった。

 彼は大きくひとつ頭を振ると、考えなければならない山積みされた問題、これからのことに、忙しく頭を働かせはじめた。

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