第26話

 ラディが隣りのシートでまだ目を覚さないステフをチラリと見て、視線を戻したとき、すぐ目の前に巨大な船の黒い影が迫っていた。

「……!!」

 ラディが急制動をかけた勢いで、ステフの身体はガクンと前にふられ、それで彼は意識を取り戻した。

「え?あ…、ラディ?」


 黒いシルエットの駆逐艦が、窓の外いっぱいを占め、なめるようにして過ぎていく。動いているためにようやくわかるが、そうでなければ宇宙空間に溶け込んだこの船を見分けることは難しかった。


「何だ、この船?識別信号くらい出しておいたらどうなんだ!あんなのにぶつかったら、こっちはひとたまりもないのに」

 ラディが毒づいていた。

 ステフは通信機の受信ランプが点滅していることに気がついた。

「ラディ、通信が入ってる」

 いつのまにかその黒い船が停止していた。

 ラディがうなずいたので、ステフは通信機のスイッチを入れた。

「…りかえす。貴艇の所属を明らかにせよ。繰り返す。所属を明らかにせよ」

 通信機から冷たい機械的な声が流れ出した。

 ステフは通信機を取り上げた。

「こちらは、新惑星同盟ゼリオン、調査局所属の—」

 ステフが言い終わらないうちに、

「ステフ!あれを!!」

 ラディの声に見ると、一部の砲台がゆっくりと回転して、こちらに向けてピタリと標準を合わせたのがわかった。発射されたビームで窓の外が光でいっぱいになる。光と影のコントラストの中、ラディは必死に回避しようとした。


 そして、次の瞬間、衝撃が来た。


 操縦席でグラントはぼんやりと計器を見ていたが

「あっ!!」急に立ち上がった。

「グラント?」

「今、高エネルギー反応があったんだ」

「どこで!?」

 急いで位置を確認するグラントの表情がくもった。

「ラディ達が行った方向」

「……!」

 ディープはバッと立ち上がり、見えるはずのない窓の外、ラディ達の行った方角を見つめた。


 宇宙空間では、流されていく艇の中で、ラディとステフがようやく体勢を立て直したところだった。

「ステフ、大丈夫か?」

「うん、ラディは?」

「ああ、大丈夫だ」

 ラディは手早く計器類を確認した。

「なんとかなりそうだ」

「ラディ、どうして?」

「わからないよ!」

 ラディは吐きすてるように言った。先程の、闇にまぎれた駆逐艦の姿はもうどこにもなかった。

 とにかく戻ろうと、ラディは機首をめぐらせた。次第に振動が激しくなり、懸命に操って、どうにか飛行艇は飛んでいた。幸いなことに通信機は無事だったため、船に連絡することができた。


 通信機からステフの声が聞こえてきたとき、グラントはやっと胸をなでおろすことができた。

「それで?船には戻れそうなのか?」

「うん、なんとか自力で飛べると思う」

「わかった。船に近づいたら、こちらから誘導する」

「了解」


 少し経って、ようやくスクリーンで艇を確認できるようになった。

 グラントが誘導するが、艇はふらふらと傾き、コントロールすることが難しく、何度かやり直した後で、やっと誘導ビームに合わせることができた。

 艇がハッチに飛び込むのを見ると、ディープは部屋を飛び出した。少し遅れてグラントも続く。


 飛行艇からラディが降りてきた。

「ラディ、2度とこんなことはしないで欲しい。モーリスがどんな気持ちになったかわかるだろう?」

「…わかったよ」

 グラントの言葉は、ラディの痛いところをついた。

「モーリスが…どうかしたの?」

 ステフの問いに、ディープが答えた。

「モーリスは今、休ませているんだ」

 装備を解くため、準備室にむかっていたラディの足が一瞬止まった。




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