第27話

 グラントとステフが食堂にいると、モーリスが入ってきた。

「モーリス、大丈夫なのか?」

 グラントの問いかけに、モーリスはうなずいた。

「うん。艇を飛べるようにしておかないといけないしね」

「モーリス、ごめん」

「え?ステフのせいじゃないよ。大丈夫、艇は直せるから」

「艇を見てきたんだね」

 グラントが尋ねた。

「うん。ラディ、よく回避できたよね。あと少しでもずれていたら、危なかったと思う」

 グラントとステフは顔を見合わせた。

「ホントだよ」

 無事にラディとステフが戻ってきたから、言えることだった。

「ラディの操縦は荒っぽいけど、反射神経だけは鋭いからね」

 そう言うグラントにモーリスが同意した。

「あ、それ言えてる。ラディの使ったあとって、整備するの大変なんだよね」

「やっぱり操縦にも性格ってでるのかな?」

「えー!」

 モーリスとステフは同時に叫んだ。

「やだな。グラントは今までもそういう目で見てたの?」

 モーリスが言った。グラントがこんな風に冗談を口にするのは珍しいことだった。

「…いや、そういうわけでもないけど」

「ラディがそうだから?」

 ステフの言葉にモーリスがクスッと笑った。そこへラディが入ってきた。

「ラディ」

 モーリスは慌てて笑いを引っ込め、グラントもごまかすように小さく咳払いをした。ステフは立ち上がった。

「ラディ、何か飲む?」

「いいよ、自分でやるから。モーリスもコーヒーでいい?」

 ラディはモーリスの分もコーヒーを淹れて、渡した。

「ありがとう」

 当の本人があらわれたので、なんとなく居心地が悪くなり、そのせいか、談笑が途切れた。

「モーリス、大丈夫なのか?」

 ラディは心配そうだった。モーリスは笑って、

「そう言うラディだって」

「まぁ、変わらず…かな。今、ディープは当直だからいないだろうと思ってね」

 当直が終わり、ディープは自室に戻っていた。

「実は僕も同じで…」モーリスは小さく舌を出した。

「ふたりとも、また怒られるよ」

 ステフが笑いながら言って、他の3人も笑い出した。その笑いがおさまったあとで、モーリスが、

「ねぇ、ラディ。この前言ったことは、本気じゃないよね?」

「…ああ」

(……?)ステフが目で問いかけるのを、(あとで教える)と、グラントは小さく首をふって制した。

 ラディの答えにモーリスはホッとしたようだった。

「良かった。ラディはずっとそういうつもりだったのかなって、そう思ってた。艇を見てくるね」

 彼が席を立ったとき、

「ステフ、コーヒーを…え?」ディープが入ってきた。

 ステフはコーヒーを届けるつもりで忘れていたのだ。

「あっ!」「わっ!!」ラディとモーリスの声が重なる。

「ふたりともどういうこと!?」

 ディープの表情に、ラディはモーリスの腕をつかむと

「ごめん。行こう、モーリス」

 素早く部屋を出た。

「まったくもうふたりとも僕が目を離すと、すぐこれなんだから!」


 ディープは起きて来ることを渋々認めたが、その日の夕食のテーブルでずっと不機嫌な様子に、ふたりが神妙におとなしくしていたのは言うまでもない。


 食事が済んだ後で、グラントが口火を切った。

「今回のこと、どう思っている?」

「僕達を追い払うためのおどしじゃないか?」

 ラディが言った。

 モーリスが首をかしげる。

「何か調査されると困る理由でもあるのかな」

 しばらくそれぞれが黙って考えこんでいた。

「もしかしたら、この星ではまだ戦争が続いているんじゃないかと思う」

 そう言うステフにディープが

「まさか!あれからこんなに経っているのに!」

 グラントが

「いや、そう決めつけるのは早いと思う。あり得ない話じゃないよ。この星は地球軍の配下にあったから、僕達が攻撃された理由も説明がつく」

「でも、そんなことって…」

 そう言いながらもモーリスは、ステフの考えを半ば信じはじめていた。


 戦時下では偽情報や妨害電波が飛び交うため、それを防ぐために通信管制をとることが多い。特定の波長だけを残し、他はバリアーでシャットアウトした相手と交信するのは不可能に近かった。またその波長もどんどん変わるために同調させるのはほとんど無理であった。


「この星はこんな辺境だから、きっと-」

 ステフの後をラディが続けた。

「まだ戦争が終わったことを知らない…か」

「ヘルマがまだ通信管制に入ったままなのか、調べてみる」

 ステフは席を立った。

 その頃、船の外でゆっくりと近づいてくるものがあることに、まだ誰も気がついていなかった。


 通信席で、ステフはあきらめてヘッドセットを外した。

「ヘルマがまだ戦争を続けているのは確実だな」

 ラディが言った。

「おそらくスペースランナー号は巻き込まれたんだ。ステフ、すぐ調査局に連絡して」

 グラントの言葉に、ステフはヘッドセットを取り直した。

 しかし、「おかしいな…?通信できない」彼は首をかしげた。

「緊急回線でもダメなの?」

 モーリスにステフはうなずいた。

「通信が妨害されているんだよ」

 しばらく誰も何も言わなかった。


「それで?」

 ラディが問いかけた。

「それでって、何が?」ディープが言った。

「それで、これからどうするのかってこと」

「そんなこと!」

「そんなこと決まってるって、そう言いたいのかい?モーリス。戦争がもう終わったことをどうやって伝える?」

「だって、僕達が帰って当局の指示を待つ間にだって、戦闘が続いているんだよ!それをそのままにしていくの?」

「方法があるとすれば、ひとつ。通信バリアーの内側に入ること」

 ステフが言ったが、それは攻撃される可能性を意味した。

「もしも、うまく同盟側の勢力圏内に入れれば…」

 グラントは早くも頭の中で計算しはじめた。

「仮にうまく通信できたとして、信じてもらえるかどうか…」

 ディープの言葉に、モーリスが

「でも、それでもやってみるべきだよ。そうでしょう?」

「地球側、同盟側の区別無しで、もうこれ以上、誰もムダに死んで欲しくない」

 ステフが言った。

「OK。航路計算、やってみるよ。モーリス、もしかしたらこの船を傷つけることになるかもしれないけど」

 そう言うグラントに、

「うん!」モーリスは笑顔で答えた。


 船はメインエンジンを点火し、発進した。そのとき、闇の中に溶け込んでいた黒い船体が、ゆっくりと砲台を動かしはじめた。ニューホープ号に向けて標準が合わされ、エネルギーを充填した砲頭が光を帯びる。

 光の束が、船に向けてぐんぐんと伸びていく。

 モーリスは計器を見て愕然とした。

「グラント、高エネルギーがこっちへ!!」

「……!!」

「レーダーにはうつらなかったんだ!」

(あのときと同じだ…)

 ラディがそう思った瞬間、窓の外がまぶしい光であふれ、グラントは必死に回避しようとしたが…


 ——衝撃がきた。

 

 船はゆっくりと傾いて、ヘルマへ堕ちていく。スクリーンの中で、ヘルマが信じられない速さで大きくなっていく。

「グラント!!落下速度が早すぎる!」

 モーリスが叫んだ。

「わかってる!」

 渾身の力で操縦桿を握りながら、さらに増していく加速度をコントロールすることができない。


 ヘルマの地表が迫り、そして、新たな衝撃がきた。


 船は地表を滑り、一度大きくバウンドすると、ようやく止まった。5人ともその衝撃で意識を失っていた。船はかすかに煙を吐きながら、幸いなことに爆発だけはまぬがれたようであった。

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