第12話

 二番街の人の往来は五番街に比べると世界が変わったと錯覚してしまうほどである。

 兄妹は一番街の傭兵の増加具合を確認するために紛れやすい二番街に来ていた。


 ここ二番街は歓楽街として設計された経緯もあって様々な娯楽が並ぶ。当初は工場労働者を慰安する設備だらけだったが、いつの間にか中流層向けのバーや水商売の店が増え、ビリアンタにおける不夜城となった。


 歩く人々はカジノで一発当てた貧困層か現実から逃げる中流層に分かれる。彼らも兄妹と同じようにフードを被って雨を凌ぐ者もいれば、傘をさして歩く者もいる。後者は大抵中流階級に属する人間だ。


「やっぱりここも傭兵が多いね」


「ああうん、そこに居るのはメガシー社系列、あっちのギンギラなのはチルターク社の武装警備員だな」


「ハナソンの端末持ってる人もちらほら」


 会社に属する武装者は特定の武器を使うというわけではないが、社割などで格安で購入できるためどこの系列か分かりやすくなる。傭兵も同様に取引先の企業の武装に偏る傾向がある。そのため、どの会社の製品なのか知っていると属する企業が分別できる。


「チルターク社系列の方が多いっぽいな」


「四番街の方はハナソン社だったから……傭兵の出所がわかりそう」


「一旦落ち着けそうなところいこっか」


「じゃああそこ、歌が上手い人がいるらいしよ」


 全球ネットワークで話題になっていた歌手、ロザリナ・ヴァレアンナのことだ。


 ホログラムの看板にどデカく露出狂の女性が映し出されている。以外にも店は官能を叩くのではなく、歌を聞きながらシャンパンやぼったくりぼったくり価格のつまみを楽しむ店のようだ。


 二人が中に入るとピアノの音が耳に入り、奥に目をやるとライトアップされた歌手が見えた。ゼノンは全球ネットワークでみたヴァレアンナとすぐに分かった。


 彼女は体の湾曲を魅せる振付をゆっくりとしながら静かに歌っており、周りの男女はそれの虜になっているようだ。

 店員が近づき開いている席に誘導され、メニュー表としてタブレット端末を手渡される。


「それでは、ごゆっくり」


 商品はどれも量産品の原価に店のマージンが上乗せされている。ガンツが出来るだけ原価に飲み物を、ゼノンは唯一地球からの輸入品を頼んだ。


「ゼノン、ここ来たかったのか」


「うん、あの人がね……上手でしょ」


 歌が上手いに加えて体も上流階級向けの四肢をしている。二人は何故兄妹でも入れる貧困層へ向けて店を開いているか理解できなかった。パトロンの一人でもいそうだが、しかし彼女は現にここで歌っている。


 事情があるのだろう、と自身を納得させると明日決行する盗みのために情報を纏め始めた。


 四番街に屯していた傭兵の所属会社はやはりハナソン社系列のところが多かった。二番街は同程度であり、一番街はチルターク社が優位だろうと見当がつく。


「ドローンの巡回ルートは複数の経路を使ってる。だから規則性はないね」


「そうなるとここの狭いところを通りたいが、前使ってしまったから今は対策されてるだろう」


「こっちは使ってない……けど似てるからダメそう。うぅん。やっぱりドンパチしてくれたらここの警備が薄くなるんだけどなぁ」


 柔らかいソファに体重をかけると、ゼノンの体はみるみるうちに沈んでいく。


「こっちから仕掛ける。クラムリンはハナソン社系列だからこれにも召集されてるだろ。おっぱじめる様に――」


「――ウィドットから止められてるらしいよ。昨日連絡きたでしょ」


 兄はすっかり失念していた情報に頭を抱える。突破口の見えない厳重な警備に今すぐにでも根を上げたかった。だが、サーマルのあの球体を思い出すたびに妹の死が見えてしまい引くに引けないことになっている。


 反逆者の悩みをよそに静かな歌は佳境に入っていた。ヴァレアンナは今までゆっくりと艶めかしさを醸していが、ピアノの終わりに向けて段々と振付を大げさにしていく。そして歌も強めの域で力強く、心臓に響かせる。


 フィナーレ。


 ピアノと共に歌い終えたヴァレアンナはスカートを翻して壇上を去った。残された聴衆からは拍手が送られ、景気づけに一杯とぼったくり酒の注文が次々と入る。


「あれ、終わっちゃた」


「突破できる気がしない……」


 ガンツは妹の言葉が耳に入らないほど悩んでいる。


「ねえにい、この前ドームで色々買い物したよね」


「うん?そうだな」


 ゼノンは懐から四角い装置を取りだし、兄の眼前に突き付けた。


「つくっちゃった。ハッキング装置」


「やけに落ち着いてると思えば……早くいってくれよ……」


 頭を抱えるガンツ、したり顔のゼノン。


 そこに顔の腫れ上がった二人組がスタッフオンリーの扉に入って聞くのがガンツの目に映った。


「どこかで……みたな」


 一瞬、違和感と勘が交差する。奥歯にものが挟まったような不快感が身体中を駆け巡る、しかし、赤く腫れあがった顔のせいで記憶にあるどの顔とも一致しない。


「まぁ、いっか」


「ねぇにい、ドローン制御装置の脆弱性はね」


 ゼノンは目を輝かせて自身の作った装置の特徴を語りだす。大っぴらに話してもいいものかと疑問を抱くが、楽しそうなゼノンを止めたいとは思わず語らせる。何一つ理解できないものの、楽し気な様子だけで腹が膨れる感覚がした。





 工場とは街一つを形成するほど巨大なものもあれば、歩いて数歩で端から端に辿り着く小さな工場まで様々だ。チルターク本社が直接管理する巨大工場ともなると工場の中にビル街が形成されていることも多々ある。


 工員やその家族が住んでいることがほとんどだが、あるところでは表沙汰にできないことをしているビル群も存在していた。ビリアンタ一番街、街一つが企業闘争に巻き込まれた都市ではチルターク社やハナソン社の闇が垣間見える部分がある。


 兄妹はドローンの巡回を搔い潜りながらチルターク社とハナソン社の勢力圏の中間に来ている。ここの人口密度は工員よりも傭兵の方が大きく、つまり集団で動くため動きがわかりやすい。


「一触即発って雰囲気だな。見つかったら撃ち殺されそうだ」


「ちょっと予想以上だね……ちょっとどころじゃないか……」


 道にはバリケードが敷かれ、ビルには狙撃手や機関銃をもって屈強な傭兵たちが集まっており、隠れるところを人海戦術でつぶされている状態だった。さらには普段はあまり飛んでいないヘリやホバー車まで上空を往来している。


 忍び込んだとこまでは良かったものの、兄妹は今いるところから身動きが取れなくなっていた。


「工場に着く前にハチの巣になるなこれは」


「そうだね、あ、にい伏せて」


 当然、傭兵も巡回しているためいつ居場所が暴露するか時間の問題であった。


「よし、こっちには来てない」


「……動くしかない。工場付近まで接近したらハッキング頼む」


「ま、待ってよ。あの監視掻い潜るの無理!絶対無理!」


 立ち上がろうとした兄はまた座り込んだ。傭兵の密度を掻い潜るのは困難である、考えなしに突入すると脳味噌の破片が宙を舞うだろう。


「ハッキングはこの位置からは出来ないか?」


「出来るけど、ああそういう。ハナソン側じゃなくて、チルターク側から仕掛けるんだ」


「どうなるか分からないから平穏に済むのが一番だったけど、ここで死ぬくらいならやる」


 ゼノンは強く頷き、ポケットから装置を取りだし起動する。

 ホログラムが画面のように広がり、周囲一帯のハッキング可能な電子機器が表示される。ドローン、シーリングライト、義足に人工知能まですべてだ。


「にいも手伝って」


 ガンツにも装置を渡す。何をどうすればいいかは直感でいじる。


「普通クリティカルな部分は手動操作だけどなんでハッキング出来るんだ」


「施設内の工作機械を乗っ取って操作用のロボットを作らせるの、それに機械操作させる。生体認証は本人を拉致れば完璧、どう?」


 兄よりも優秀な妹に心の中で崩れ落ちた。もともと形骸化していた自負がガラス細工のごとく粉々に粉砕され、風に流され跡形もなくなった。


「それを……この小さな端末でか……」


「ドームの良質な部品のおかげだよ。裏道を通ってきたみたいな部品もあったし、材料には事欠かなかったね」


「そうか、そうなのか……」


 ガンツの心の中は冷たい風に吹かれるガンツの姿がいた。


 今にも泣きだしそうな兄をよそ眼にゼノンは装置をいじって手始めにチルターク社のドローンをハナソン社の傭兵に嗾けた。


 次に工場のロボットを次々とハッキングしていき、工場の独自防御施設すら強制的に起動させる。本来は地球政府の部隊に反応するようプログラムされていたが、これを適当に組みなおし攻撃範囲内にいるすべての武装している人間に攻撃するようにした。


「始まったな。ってあの火柱はなんだ」


「ええっと、宇宙船を堕とす用の大砲……?」


「更地になるな」


「設定の関係で工場内に武器持った人がいたら、あれになるんだよね、自分で自分を攻撃しちゃうの」


 兄は言葉が出なかった。

 メージャーが破壊されるだけでなく、工場、いや一番街を破壊しかねない大騒動に発展しつつあった。


「ゼノン、もう手当たり次第にハッキングして滅茶苦茶にしてくれ」


 しかし、兄妹はその状況を楽しむことにした。連合からお願いされていることは高品質メージャーを盗むこと一点のみ、別段正体が露見しなければどうなっても良かった。


「おっけい。でもAiでもう対策され始めてるから厳しいよ、ふふ」


 AIによる自動更新プログラムは非常に脅威である。人間の処理速度を優に超える鍵生成であるが、ゼノンはすでにハッキング下AIと競わせて飽和状態を作り出し、他の道から侵入していく。ガンツは手に持っている小さな装置の向こうで何が起こっているのか想像に絶する。


 すると、傭兵の集団が駆け足で接近してきた。


「時間切れみたいだ」


「ちぇ、じゃあこれ壊すね」


 そう言って妹は二つの装置に取り付けられている時限爆弾を起動、地面に置いた。


「バイクをハッキングしておいた。これでメージャー盗んだらさっさとずらかろう」


 サムズアップ、兄妹は満面の笑みを浮かべて爆発していく一番街を駆けずりまわる。傭兵や武装社員が行く手を阻むが、全て兄の銃の前に倒れていく。工場の防衛装置すら弱点を一瞬で見抜き破壊、恐ろしい速度で敷地に侵入した二人を留めるものは何もなかった。

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