第51話

 兄妹の歩みはゼノンの足の調子を確認しながらで低調なものだ。加えてトルエの足も万全とは言えず、計画よりも遅れて本社建築物に侵入していた。


 自立移動型無人防衛設備を除く無人装置は四人を阻むためにその銃口を赤く発熱させ、容赦なくサリーナのスナイパーライフルで撃ち抜かれていく。軍用車を正面から貫通できる威力をもつ諏訪湖重工業の旧作は、古い設計でも最新設備に負けない十分な動作性を完備していた。


「プレゼントには感謝しましょう」


「爆弾じゃなくて潤滑油が欲しかったのに……」


 トルエは膝を何度か叩いて主張したが、農園から持ち込まれた武器の中に潤滑油は一滴もなかった。


「そうですか。指示書によればこの角の先が目的地です」


 固定兵器が放った弾丸に部分展開したコアシールドで防御しているして入るのを横目に、サリーナは三台目のタレットを破壊する。


 それが四人のいる通路で最後の防衛設備だったのか、パタリと周りは静かになった。


「お二方、いきましょう」


「強いな」


「トルエがいてこそです」


 トルエは俯いた。そしてサリーナが重そうに銃を持ち上げると少々急ぎ足で戦闘で黒ずんだ通路を進む。


 真白の通路には道標も凹凸すら存在しない。代わりにドアらしき箇所には平面化したキーパッドやスイッチがあり、どれも徹底した白さに装飾されていた。


 四人が破壊する目標である監視カメラ操作は本社ビルに無数に点在する設備であり、一つを破壊するだけでは監視カメラの機能は停止しない。しかし、兄妹が任された箇所にはデータバンクの設備も纏まっている空間で、それでもこれも数ある予備の一つに過ぎない。


 通路を右に曲がるりと行き止まりになっていた。


「私から離れてください」


 三人が曲がり角に退避したのを確認するとサリーナは銃に赤い弾丸を装填し躊躇なく放ち、壁は大爆発によって与えられた役割を終える。


「スペアを破壊する意味はないと思ってましたが、残れば困る壮観さですね」


 舞い散る粉塵の先には縦長い空間が広がっていた。首を傾けて上をみると目視で確認できないほど遠く、下を見ると火星を貫いているのではないかと思うほど底が深く捉えらえない。その中心には星が一つ一つ輝いているかのような巨大な塔が聳え立っており、目的のカメラ機能とデータ保管庫は同じものに収納されている。


「落ちたら死ぬな、これは」


「これで一つ?」


「……」


 トルエは無言で貰った爆弾の量に納得している。


 足場は入口から少し先までしかなく、目線の先にある光るデータ保管庫には届きようがない。裏を返せばデータ保管庫は地面でしか固定されていない。


「指示書の通り、時限式にして投げましょう」


「待って、これ使えるかも」


 ゼノンはそう言って小型ドローンを取りだし、何か小さな長方形の、淡く黄色に光るものを持たせて中心にそびえる星々の塔へ向かわせる。


「何それ」


「メージャーって、もともとハッキング用品なんだよ?」


 もしかするとハミルトンはゼノンの技術を見込んでこの配置にしたのかもしれないと、トルエは考えた。


「メージャーの効能を使い切るまでにこのビルの機能全停止してあげる」


 監視カメラの操作を遠隔して行っていることから各地、各場所のと繋がっていることは十二分に考えられる。しかしカメラという装置を媒体にしてチルターク社のシステムに侵入し、機能不全にできるかはゼノンをもってしても未知数だった。


「お急ぎください。早くとも数分後には敵は戻ってきます」


「わかってる。にい、手伝って」


「よし、やってやろう」


 妹からタブレット端末を渡された兄は今日一番の笑顔を咲かせた。






「血生臭いのは慣れっこだが、高品質メージャー中毒の奴さんは初めてだなァ」


「……」


 死体にはすでに黒い球体によって頭を撃ち抜かれ、胸元にも穴がある。不意打ちに一撃、追撃の数発だ。


「これが即応部隊ってやつらしい、一人だけなら大したこたねェ。一人だけならな……」


 几帳面の象徴を赤く染めたサーマルが通路の奥を睨むと、明らか重装備を担ぐ兵士がこちらに得物を指向しているのが見えた。


「こいつは犠牲前提の先行者ってか……ドローンでやるやつだろうがよ」


 サーマルは命を惜しまない敵に賛辞を送りたくなるが、目の前の敵に集中することにした。


「腹が痛む。コアシールドを展開しろ、制限はナシだ」


 黒い球体がコアシールドを展開し一人と一つが黄緑色の薄いベールに包まれた瞬間、白い通路が眩すぎる光によって真の白に染まった。


 爆発音とコアシールドで防ぎきれなかった衝撃波がサーマルを襲い、即座にナイフを懐から取り出して地面に突き刺す。

 辛うじて間に合い黒い球体から離れずに済んだ。


「じいさんも酷いもんだァな」


 指示書の内容は足止めではなく、撃退と記されてあった。加えて兄妹を守るために捨て身の戦法は使えない。


 サーマルは電磁パルスを放つグレネードとS圧縮構造爆弾を両手に持ち、起動させてから敵のいる方面に投げた。


 お互い動くことはしない。


 極限までコアシールドにエネルギーを流し、サーマルは再びナイフを地面に突き立て、即応部隊は足の装備で地面をガッツリと掴む。


 二度目の閃光が視界を覆い、先ほどとは比べ物にならない風圧がサーマルを持ち上げる。

 ナイフを持つ手が充血したと思うと色を失う。


「いけ、死んで来い」


 冷たく、小さく、サーマルは黒い球体に向かって命令した。それはぐるりとサーマルの周りを一周し、汚れ切った服に球面を擦りつけて離れていく。


 煙が晴れてくるとぽっかりと穴の開いた通路からは様々な部屋がむき出しとなり、白いオフィスが露わになっているのが見えた。同心円状に広がった穴の一部は強固な外壁を貫き雨降る火星を映し出しており、倒壊していくビルがスローモーションとなってサーマルの目に焼き付く。


「チっ、戻ってきたか」


 目を凝らすとホバー車が火に包まれて機動力を失っていることに気付いた。原因は一つしかない、敵、チルターク社の戦力がとんぼ返りしてきたのだ。


「おッと、こっちもか」


 サーマルが首を傾けると貫徹力の高い銃弾がコアシールドを潜り抜けて耳元を掠めた。


 機械化した足の跳躍力を活用し、崩壊したビル内部を飛び回り、目くらましのためにグレネードで電磁パルスを引き起こす。


 数人で構成される即応部隊は散開してサーマルを取り囲むように球状に人が配置される。


「まるでひとつの生き物みてェだ」


 なけなしの敵愾心を奮起させる。


 敵はコアシールドのエネルギーを消耗させるためにレーダー・ビーム兵器に銃種を切り替え攻撃してくる。サーマルは間一髪避けながらグレネードで目くらましを続行。

 高性能なコアシールドを撃ち抜けるものはS圧縮構造爆弾ですら難しく、サーマルは腰にぶら下げている拳銃は一切触っていない。


 しかし、コアシールドの内部は違う。


 トルエから教わった方法で敵を仕留めようと急接近する。が、兵士は一定の距離から銃を撃つのみで近づくことが出来ない。


「これで仕留めるのか?化け物め」


 仮に近づけたとしても繊細なナイフ捌きでコアシールドに異物ではないと判断されなくてはならない。今のサーマルは近付くか避けることで手一杯であり、とても神経質な動作は不可能だった。


 コアシールドの残量を確認すると三割を切っている。

 潮時。サーマルはそう判断し両手にS圧縮構造爆弾を持ち、起動させて放り投げた。


「やれ」


 兵士たちが防御姿勢を取る。サーマルはその一瞬を待っていた。


 黒い球体が視界外からコアシールドの内部に侵入し、頭に一撃を入れてまた別の兵士のコアシールドに侵入する。


 ここで敵は急に選択肢が狭まることになった。目の前で起爆寸前のS圧縮構造爆弾を防ぐことを優先するか、黒い球体を破壊するか、それとも薄汚れた男を刺し違えてでも抹殺するか。


「チャーリー、防御」


 敵の出した回答は全てを叶えるための選択だった。


 二人は黒い球体に銃口を向け、二人は防御態勢を取らない男に銃を向ける。最後に残った一人、最も黒い球体からも男からも離れている兵士が防御態勢を取る。


「野郎が……」


 確実を期す選択をした敵に恨み言の一言でも吐きたかったに違いない。だが、言葉にする前にサーマルは立ち止まって銃を構える兵士に手を伸ばした。


 機械の足、チルターク社に取り付けられた機械の足が、サーマルの行いたいことを全て可能にした。


 銃から熱線が放たれサーマルのハラワタを抉り跡形もなく蒸発させ、傷口を即座に塞ぐ。二発目が飛んでくる前に伸ばした片手は兵士のコアシールドに触れ、異物と判断されて弾かれる。


 開かれた両目が互いの顔を認識し、遅々たるの時間が流れる。

 兵士がトリガーにかけた指を押し込もうとしたとき、首からの伝達情報が身体に伝わらなくなった。


 サーマルの鋭いナイフは新人類兵士の脊髄を切断したのだ。


「恨むなよ」


 コアシールドの発生装置を剥ぎ取り自身の身体に近づけた刹那、轟音と太陽が身体を覆い尽くした。

















*あとがき

 コアシールド硬くしすぎた

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