おまけ

 *あとがき

 チルターク社と地球政府が戦争を始めるまでの前日譚的なことをやりたいなぁって思って書き始めたこれですけど、意外と長く続けられたのは想定外。プロットもなくても構想が前日譚だけだったんで書くのには苦労しましたけどね(言い訳)。下の文章はおまけです。読まなくても本文に影響はありません。


 ここまで読んでくれた人に感謝を、そして良い未来がありますように。

 *






 歴史というのは膨大だ。

 第一に多くの歴史書が同じ出来事を多くの側面から映し出せることが莫大な情報量をもの語り、第二に文章へ表す際に重要な記録すら記載しきれないことだろう。筆者は先達に学び、あらゆる角度から検証された一つの出来事についての研究成果をここに示す。もしくは、今と未来に小さな智慧を齎すことができたら幸いである。


 この本を著すにあたり証言証拠の協力していただいた匿名の友人たち、安全な住居を用意してくれた鈴木ガンツと鈴木ゼノンにに深く感謝を申し上げる


 ――――――ジル・イヴァノーフ レニー・マニルドン


 筆者は親友であり戦友でもあるレニー・マニルドンと共に火星黎明期、俗称では黄金時代が終わったあとの火星や月を研究の対象としていた。地球暗黒期の研究とも例えられるが、木星開拓期の地球こそ暗黒時代だったと筆者は断言する。


 話を戻そう。これから筆者は火星黄金時代の終わりから地球・火星戦争までの成果をかき上げる。一般的な定義では所謂シャルル将軍が死亡しロッキー首相の簒奪事件が起きるまでを黄金時代の終わりであるため、それ以後の歴史となる。


(省略)


 さて、義務教育における火星黄金時代のあとは地球暗黒期、もしくは地球暗黒時代と呼ばれている。


 なぜ火星の黄金時代が終わったあとが地球暗黒期と呼ばれているかは諸説ある。

 一つにメージャーと呼ばれる覚醒剤が流行したこと、二つ目に政治の停滞と軍の台頭、三つ目に戦争である。


 一つ目は政治家の大半に浸透する流行する異常事態であったが、政治家に売られるようになると価格が吊り上がり庶民に行き渡らなくなった。そのため人口を分母にメージャー中毒者を分子におくと意外なほど小さい。しかし、多額の金銭がメージャーを通して火星に流れたことが暗黒時代の理由として多くあげられる。

 まことしやかに囁かれる不老不死は、政治家がメージャー密輸が軍部によって取締を受け始めたころに大量死しているため噂に過ぎない。ただ、寿命を延ばす効果はあったのは事実のようだ。


 二つ目はさらに分割する。

 政治の停滞は子供の頃の教科書を手に取ると理解できるように、地球政府から議会に提出された法案の数が極端に少ないことが理由の一つだ。当時の与党を率いる立場だった人物はメージャー中毒者と司法解剖で分かっており、火星と癒着があったことが筆者の調査でも明確となった。


 軍部の台頭は当時、非常に深刻な課題の一つだった。

 メージャーの密輸ルートを独占し――軍は否定している――先ほどの与党党首暗殺事件まで起こし――これは軍が発表した――果てには火星侵攻を断行した。密輸ルートの独占は軍内部の権力争いが関わっているとされ、メージャー密輸の利益の三割を得ていたとされている。これは議会で決められた予算のおよそ五倍であり、主戦派が多くのルートを抑えて独自に部隊を整えていたことが分かっている。


 この時代のメージャーは切っても切り離せない関係なので少々詳しく記述する。


 友人の調査によればブレンナット博士――ブレンナット社創設者の兄と言われている――が月簒奪事件前後にプロトタイプを制作し、十年以内に高品質メージャーや低品質メージャーと作り抱いたとされている。これをブレンナット社からチルターク社が研究成果を奪い、大量生産し始めたのがメージャー密輸の始まりとされている。


 このような経緯から火星ではチルターク社を除いてメージャーの製造が出来ず、販売もチルターク社が独占していた。


 メージャー密輸の利益はチルターク社に膨大な富を集中させるに至り、企業による火星独立の機運が高まる要因となった。

 そのお零れを軍部は得ていた、と言うことになる。単なるメージャー取引ではなく、チルターク社の力を計る意味でもメージャー密輸を独占していたと思われる。とある少佐の手記には仮面大佐からメージャー取引を奪うために接近するという記述があり、派閥争いの火種となっていたことも明確だ。


 それはさておき、地球暗黒期と呼ばれる三つ目の理由は地球・火星戦争である。


 まず手元にある歴史の教科書の一部を引用しよう。


『シャルル将軍が襲撃されて以降、火星総督府はチルターク社に対して厳しい労役や工業生産ノルマを課した。これがハナソン社の台頭やセルナルガ社の復権に繋がった。耐えかねた雑徭に自治権を求め、月簒奪事件と合わさったことから地球政府は火星総督府の解体を決意、史上初の企業自治権が隔離した。その後、チルターク社は巨大化し覚醒剤としてメージャーを密輸、莫大な利益を得て独占的商業を行い、ハナソン社と武力衝突がたびたび起こるようになった。サハラ内戦以降、チルターク社は自治権ではなく独立を望むようになり、当時火星宙域で演習中だったスクオピ・アカリアヌス地球政府軍元帥は独断で火星侵攻を行った。これ以後行われた地球と火星間の戦闘行為を地球・火星戦争と呼ばれている。』――蒐周文社 世界史B後半編一〇三頁より


 地球・火星戦争は人類史上初めての惑星間戦争である。ここから先は筆者らの研究範囲から漏れるため詳しい記載は避ける。


 軍部の台頭から始まったとされる地球・火星戦争は教育を受けた読者ならお和解になるよう、非常に短期間で終結した。三惑星間の冷戦の代理戦争と比べても短く、教科書においても地球・火星戦争に関する記述はコラムのなどに書かれるのが通例だ。


『地球・火星戦争は地球側の不意打ちで火星が早期講和を望んだため、軍の独断で始まった戦争を停止させたかった政府は水星通信の内容とチルターク社側の要請を鑑み講和することを決意しましたが、軍部は継戦派の勢いを抑えることが出来ず、当時の与党党首を暗殺する事態に発展しました』――蒐周文社 世界史B後半編一〇四頁コラムより


(省略)


 政治と軍の不均衡で不健康な状態は暗黒期と呼ばれる理由の一つに該当するとされている。筆者もこれに反対する理由は見つからない。強いて言うならば、暗殺事件は国民が望んだことだということぐらいだろう。


 以上三つの理由を以て地球暗黒期と呼ばれる要因とする。


(中略)


 筆者らの研究成果は地球・火星戦争に伴う俗説を否定しうる歴史的証拠ではなかったが、新たな側面を映し出す革新的な一節だと確信している。


 まず初めに火星と月の貿易記録の統計図*㉓を確認してほしい。

 この貿易記録は月簒奪事件とその前後数年の貿易記録となっている。これらが示すことは月と火星の密接な関係であり、対地球同盟が暗に成立していた可能性を示唆している。しかし、火星側に月との同盟関係を示す証拠はない。月側の証言や証拠はその多くが地球政府によって抹消されており、この仮説の証明は困難であろう。


 次にこの写真*㉔㉕を見比べて欲しい。

 これは月の戦場跡の写真とサハラ内戦の戦場跡で取られた写真である。見比べると非常に酷似していることが確認でき、内部構造は風化が激しく断定は困難であったがランダムに検出した二十個の点でほぼ同一の構造が確認できた。

 サハラ内戦は火星の介入があったことは周知の事実であるため、写真㉕は火星側から提供された製品であることは間違いない。月面都市からの介入が無かったと言い切れる物的証拠はないものの、月簒奪事件以降、地球政府軍が駐留していることから、サハラ内戦に介入することは至難の業であったはずだ。


 筆者が言いたいのは、つまり、火星側の武装は月のコピー商品であることということだ。


 月簒奪事件時の装甲車とサハラ内戦時の装甲車が一致しているということは、ロッキー元首相の統治期間に月から火星へ輸出されたことに他ならない。


 では、当時の火星では何が起こっていたのだろうか?


 俗説ではチルターク社による自治権獲得が行われたとされている。とても平和裏に、武力衝突も起こっていないとされている。

 そうでありながら、火星は月から武器を輸入している。これは地球と火星との間に大きな戦闘が行われた証拠になるだろう。


 図表*㉖を読み取ると分かるように、火星の工業生産は月簒奪事件前後に大きく落ち込んでいる。これが回復するまで長い期間が掛かっていること。ブレンナット社との戦闘跡*写真㉗~㉜は相当激しい戦闘が行われていたと思われる痕跡が残っているが、ブレンナット社の企業規模に比べて戦闘範囲が広すぎること。二つの理由から導き出されるのはブレンナット社との戦闘以前に地球との戦闘が行われていたと考えるのが自然である。


 セルナルガ社やハナソン社との戦闘が行われた可能性は匿名の友人の助力によって否定された。これは付録⑮を参照してほしい。


(セルナルガ社の社長演説や地球政府軍と火星側の戦闘過程など様々な映像)


 地球と火星は、地球・火星戦争以前に直接戦火を交えていた。この事実を世に公表する。




 なぜ地球政府が火星との戦闘を隠蔽したかについては後述するが、火星と月、そして地球の関連には重大な人物が見え隠れしていることに筆者らは気付き、慎重に調査を行ったところ、地球・火星戦争の裏舞台に一人の人物を掴んだ。


 彼女の名はナレミ・ダヴィド。


 奇しくもチルターク社情報部門部長、ローゼフ・ダヴィドと同じ姓を持っている。


 匿名の友人より齎された情報は筆者らの調査と合わせて確度の高いものを抽出したところ、ナレミ・ダヴィドはいわゆる人造人間であり、ブレンナット博士の事実上の娘である。


 軍部はナレミ・ダヴィドの存在を認知していたか定かではないが、火星を攻める機会を窺っていた痕跡はいくつか残っている。スクオピ・アカリアヌス元帥は数人のメージャー密輸商を間に通してチルターク社と何らかの交渉を行っていた記録が残っており、パケと名前が残っている商人は短期間に多くの火星関連の資料を軍に渡していた。


 しかしこのスクオピ・アカリアヌス元帥がチルターク社と交渉を行っていたかについて疑問が残っている。多くの軍関係者は彼の火星嫌いを認知しており、チルターク社側の資料にも多くそれに関する記述が残っている。信憑性に欠ける幾つかの証言ではキム中将の偽装工作であるという。


 それはさておき、このパケが渡した資料の中にはナレミ情報が含まれており、しかしダヴィドという姓はなかった。


 恐らく、ナレミ・ダヴィドは当時自らの名前を隠蔽していたものと思われれる。ブレンナット博士の娘でありながらなぜダヴィドの姓を名乗っているかは本人が亡くなっているため歴史の闇に埋もれてしまったが、ローゼフ・ダヴィド部長の後継者という意味合いが強いだろう。


 そのローゼフ・ダヴィドは死亡時期が分からず、死亡ことを示す資料もない。約数十年務めたチルターク社情報部門部長の座から突如としていなくないり、情報部門は長い覇権争いに突入する。この覇権争うに勝ったのがナレミであり、地球・火星戦争の早期講和に導いた立役者である。


『地球側からの不意打ちから行われた戦争は当時のチルターク社の社長、ダン・フォーゼンの死が発表されたこと、侵攻目標が完遂したこと、地球政府が講和を望んだことで早期に決着した』――蒐周文社 世界史B後半編一〇四頁より


 匿名にの友人によると、ダン・フォーゼンの死はナレミ・ダヴィドによって行われたことであり、戦争が始まる以前にダン・フォーゼンは死亡していたという。これが事実であるならば、地球・火星戦争はナレミ・ダヴィドによって操られていたということになり、水星通信により地球政府はそれに気付いた可能性が浮上する。


 もちろん、ダン・フォーゼンが戦争終結直前まで生きていたことも考えられるが、当時勃発していたチルターク社に対する反乱によって統治機構の中枢が破壊されていることと、表舞台にはナレミ・ダヴィドしか現れなかったことが確証となろう。


 纏めると、ナレミ・ダヴィドはダン・フォーゼンを殺害し、地球・火星戦争を意図的に長引かせた。地球政府や軍部は憶測の上でもナレミ・ダヴィドのような存在を認知していたかもしれない、ということになる。


 しかしながら聡明な読者らはすでに気付いているであろうが、確証めいた文体で書かれてはいるものの憶測の域をでていないことに気付くであろう。チルターク社情報部門は未だ歴史上で謎めいた組織で、都市伝説の火種になるほど解明が進んでいないことも、ナレミ・ダヴィドの人物像や行ってきたことが浮かび上がらない要因だ。


(中略)


 最後に筆者らは歴史の究明をすべく命の危険を払ってまで様々な調査を行ってきた。得てきたのは地球政府が月の自治政府を抹消するために火星との戦闘を隠蔽した事実、あまたの命が表帳簿から消え去った事実である。これらは消えることない歴史のインクとなって後世に残るが、伝わらないことの方が多い。


 また、隠蔽されずともダン・フォーゼンに立ち向かった一人の女性のように忘れ去られることもある。筆者らは火星黄金時代と地球暗黒期の間、人類史からみると微小な時間を調査したに過ぎないが、膨大過ぎる歴史に埋もれていった事実を救い上げることが出来なかったことを、ここにお詫びする。


 ――――――ジル・イヴァノーフ レニー・マニルドン

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マーズの涙 黒心 @seishei

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