第7話

 煙と炎が渦巻く駅の混沌も、明日にはすべて駅員と警備兵がきれいに片づけているだろう。この程度の惨事は日常であり、気にしていたら気を病むことになる。

 大尉とその副官は駅から離れ、次なる協力者の下へ移動していた。


「ありがたいですね。運び屋は監視カメラやドローン映像も細工してくれている様です」


「言い訳を考えなくて済むの楽い」


「ドームであった二人組の装備があれば穏便に済んだのですが、仕方ありません」


「あの兄妹っぽい二人が?ちょっとボロい服だけだと思ったのに」


 サリーナは首を振って否定した。


「私の目でみると二人の顔が認識しづらく、メモリにも残りませんでした」


 頭を指で二、三回叩く。中には記憶メモリや通信装置、ネット関連装置など小型埋め込み機械が複数ある。トルエにも頭に埋め込まれているが、そこの機械化の割合はサリーナが上だ。


「つまり、阻害する何かがあるってことか……」


「ドローンに記録を残されない分かなり有利です。」


 地球でも似たような機器は開発されていた記憶がトルエにはあったが、少なくとも自身の手元に来るほど進んではいないようだった。


 時間にして一時間、二人はずっと徒歩で移動して続ける。


 道中の検問で先ほどの駅爆破を疑われ、いやらしい身体検査を受けたが何もない――殴り飛ばされた社員は同情に値するが陥没した顔は事故と処理されるだろう。

 次第に曇天から雨が降り始め、傘も雨をしのぐ術もない二人は崩れかかったビルに入る雨宿りをしていた。


 雨の音は激しくなりつつあり、ビルの地下は排水が追いつかないためすでに水没している。


「足止めかぁ」


「傘を持っていないので仕方ないでしょう。それに私たちは慣れてないので鉄道と同じくシールドが必要だと思われます」


 人工衛星からの情報を確かめながらサリーナは言った。


「よし、サリーナ。次の場所と概要をお願い」


 雨で時間を食われている間に何もしないのは損、と考えたトルエは暇つぶしもかねて今しかできないことを進めることにした。

 道にはドローンや監視カメラが目となり耳となり、常に見張られていたが今この土砂降りの中では音声も映像もまともに撮れないと踏んだ。


「はい。少々お待ちを」


 カバンから小型映写機を取りだし、ちょうどいい壁面を見つけ映写機と端末を繋ぐ。青白い光が壁に当たり、集められた情報が壁に写された。


「ビリアンタ地方の協力者は現在チルターク社より指名手配をかけられています。私たちが会うのは得策ではないでしょう」


「懸賞金十万COCだしもう死んでると思う」


「私も同意します。全球ネットワークではすでに完了と報告されていますので……ハンターにやられてしまっているでしょう」


 壁に写されている顔写真に赤くバッテンが描かれる。

 貴重な他派閥の影響力を受けていない密輸業者だったことが悔やまれた。


「パケと接触できたのは幸いです。全球ネットワークを見る限りチルターク社にも目を付けられていないようですし、利益がある限りは派閥に役立ちます」


「おっけい。大佐からの話だと次の人物が一番重要だと思うね。たしか……」


 大佐との会話内で何度も出てきた密輸に関わる人物という単語が頭から離れず、名前も顔も一向に思い出せない。


「あれ、密輸……」


「……火星行政府に勤めるブレンナット社員、ミケラ・ロンバルト。密輸犯が判明した場合派遣されている行政官に伝える、所謂仲介役です。彼、性器を取り除いているので性別不明ですが、チルターク社の情報部門とコネクションがあります」


「なるほどね、情報部に土足で上がれる人か、大佐が欲しがるわけだわ」


 仮面の下で大佐が笑っているのが目に浮かんだ。


「妻がサハラ砂漠内戦で反乱者側で支援を行っていたことが弱みです。チルターク社経由の彼から指示されたと推測されます。ちなみに妻ジュリエナはトルエが良く知っている人物です」


「…………………私の足を持ってった奴か」


「大尉が捕らえたと記録されましたが、すでに大佐が抹消しています」


 トルエがレーザー銃で足を失いつつ戦闘不能にしたジュリエナは、表向きは反政府軍に捕まった旅行者の体を取っていた。


「てことは、ここにいるんだ」


 僅かに陰る表情、サリーナはトルエの眼の奥に黒い炎が燃え滾っていると感じた。


「はい」


 雨は激しく、冷たい風がビルに吹き込む。


 トルエは数名の部下と共に砂漠の軍事施設――内戦中急速に発展した施設の一つ――に侵入した。火星からの渡来者を救出する目的のため少人数で行動していた。囚われているであろう扉を開けた瞬間、部下の首が宙を舞ったのを、トルエは脳裏から消せずにいる。


「では次に火星行政府に向かう道のりは……」


 見事な不意打ちだった。五人いた部下はものの数秒でこと言わぬ肉塊と成り、トルエは間一髪レーザーを回避したが次弾で足を失った。咄嗟に手を撃ち抜けたのは女神の賜物かもしれない。


「大通りを行かずに、隙間を通っていけないか?」


「……それなら雨に撃たれずに行ける道があるかもしれません」


 トルエは火星と地球のパワーゲームの被害者の一人だ。失った部下の中には親密にしていた男もいた、家族一緒に呑んだこともあった。


 彼女は雨の真っ白で何も見えない雨の方へ体を向け、その向こうを睨む。


「トルエ、急ぎますか?」


 サリーナはトルエの経歴を知らぬわけではない。大佐から貰った情報の中にはトルエ個人の情報も含まれていた。


「武器は使用禁止です。脅しに来たわけではありません」


 類似点は、サリーナの片親はサハラ砂漠のどこかにある共同墓地に埋まっていることだ。


「仕事は急ごう。大佐から貰った休暇も多いわけじゃないし」


 休暇に量に対して仕事は多い。大佐が休暇を伸ばしてくれているが、もしかしたらのことを考えると急いで終わらせるのが得策、たとえ私情を抜きにしても時間は敵同然だった。

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