第53話

「ハゼたなァ」


 サーマルは自らが開口した大穴、もとい破壊痕を見ながら満足げに吐露する。彼の脇には二人の兵士の死体が丁寧に頭から血を流しており、黒い球体は浮くのも精いっぱいな様子でサーマルの肩にしがみついていた。


「助かった。じいさんの約束を守れたんだァ、少しは休んどけ」


 黒い球体は浮力を失ってサーマルの手に収まった。


 丁寧にポケットに入れ、小さく感謝を呟いた。この黒い球体がいなければ防御姿勢で耐えきった兵士に襲われたのを回避できず、二人の死体の内一方はサーマルのものだったのだ。


 軋む機械に手こずりながら崩壊したオフィス地帯を歩く。瓦礫に瓦礫が折り重なり原型を留めていない部屋を“登り”、塞がっていない通路を探した。チルターク本社の建築は頑丈にできているのか、S圧縮構造爆弾が直撃したにしては被害が少ないため、生きている通路はすぐに見つかった。


「もろかったら生き埋めになってたなァこれは」


 少し前までのサーマルならば生き埋めになるためにさらにS圧縮構造爆弾を使用したはずである。しかし、残り数個はまだ彼の胸元に仕舞われていた。


 歩くための空洞、通路は生きているものの雨が侵入している箇所があって進めない道がいくつもある。


 亀裂から漏れているのもあれば、外から風によって吹き込んできているのもあった。彼は有毒な雨を避けて通路を進む。


 時々雨に撃たれないように外部を覗くと、ホバー車とホバー車の戦闘が激しく行われているのが見えた。どちらが優勢かの判別はサーマルにはできないが、数で負けている連合側が不利である。


「急がねェと制空権が……チッ」


 ごてごてとした装甲を施したホバー車が墜落していくのが目に入った。記憶に新しい仮面大佐の戦力であった。


「なんで協力してくれるかわかんねェが、無駄にはしねェ」


 十字を切ればいいのか、手を合わせればいいのか分からず、ただサーマルは軋む足で先を急ぐ。


 測定値が正しければ兄妹はその通路の先にいるはずだった。




 




 煙が這い上がってくる光景は四人に覚悟を思い起こさせた。

 データ保管庫を支える地面が破壊されると、侍従によって自らを押しつぶしながら塔は崩壊する。データ保管庫の宇宙のような輝きは失われ、漆黒の棒が風圧を産んで猛烈に落下していく。


 四人は無言でそれを見送った。


 無数にあるデータ保管庫の一つに過ぎないとはいえ、火星全土から情報を収集する機能は巨大である必要があり、その損失は計り知れない。

 四人の感情は達成感と虚無感に酔ったものだった。


「用意された指示書の内容は完遂しました。いきましょう」


「不自由な方は私がもとっか」


 ゼノンは返事をする前に軽くトルエに持ち上げられ、浮遊感と眼前の穴に恐怖する。


「うわっ、ちょっと?!」


「走るのか」


「ええ、できればサーマルさんと合流したいところでしたが……大佐が撃墜されたようなので急ぎましょう。敵はもう内部に侵入しているはずです」


 ガンツは悲痛な顔になるサリーナを慰める言葉を持っていなかった。バツの悪そうに眼をそらすと、トルエと目が合い、彼女もまた悲し気な雰囲気となっていた。


「……トルエ?」


 腰から持ち上げられているゼノンは敏感に二人の感情を受けとる。


「見捨てられないお人良し、大馬鹿だよ、ほんと」


 トルエとサリーナが涙をふき取る瞬間に兄妹は目を瞑り、再び目を開けるときには軍人の顔になっていた。


「走りましょう、緊急時用退避口があります」


 三人は走り出し、爆発によってグラグラと揺れ動くビルでどうにか水平を保つ。作戦としての本社ビルへの集中攻撃が始まった合図であり、全滅するかしないかの大一番となる。


 この作戦計画を受け入れた仮面大佐、新人類、セルナルガ社、傭兵たちは老人に一言も抗議を入れなかったのであろうか。メージャーで動かしている新人類や絶対忠誠を誓う仮面大佐の部下たち――トルエとサリーナを含む――を除き、セルナルガ社や傭兵は大勢の命を落とすことを前提とした作戦になんの躊躇もなかったのか。


 避難通路へひた走るサリーナは周りを警戒しながら思考を繰り広げる。


 インプラントが一部燃えたとはいえ、まだ脳味噌は生きていた。


「ちょっとへっこんでるところが入口か?」


「いや部屋……わかりずらい」


「この辺りなんだけど、ねぇにい、部屋の中からはいるんじゃない?」


 妹の言葉にガンツとトルエは顔を見交わして扉を殴り、蹴った。いともたやすく行われた破壊行為に通常扉が耐えうるはずもなく、個別のオフィスを露わにする。


「わたしの勝ち!」


 非常時に使われるものは理解しやすい位置にある。部屋の角に人一人が入れるほどの大きさの口が存在した。


 まずはトルエから入り、次にゼノン、サリーナが進み、ガンツが最後に蓋を乱雑に閉じる。赤色灯の明かりは鈍く鉄に反射し、狭く薄暗く湾曲した場所だった。


 四人は無言で進む。


 サリーナは傭兵の心情を想像したとき、一つ大きな勘違いをしていたのかもしれないと感づいた。命を捨てる必要はそもそもなかったのかもしれないと、もしかしたら、仮面大佐だけが殿軍として指定されたのではないかと。


「そうだとしたら、いえ……ゲームチェンジャー?」


「サリーナ?」


「分かりません、大佐なら何か思いついたのでしょうか」


「……わからないなら、わからないって言うと思うね」


「そうですか」


 思考が途切れ、疑問を残したまま二人は神経を尖らせるとほぼ同時に、赤色灯が途切れ空間が視界の先に見えた。

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