第33話
建築物を破壊することに特化した爆弾はこの世に何百種類と存在するが、この火星の、治安の悪い地域で流通するのは構造爆弾が常であった。
地球政府軍がサハラ内戦で砂漠の要塞を航空攻撃で吹き飛ばそうと画策したが、独特な防空網に阻まれて成功せず、別の戦法を考えるしかなかった。
それ圧縮構造爆弾、高層ビル内部で起爆させると大きい確率で崩壊を引き起こす強力な圧力を生み出す。それを化学的に成分を濃縮させたのがS圧縮構造爆弾である。
脆い設計の要塞であれば一撃で破壊するほどであり当初の計画通りの性能を発揮したが、問題点が幾つか浮上した。
材料費と驚異的な破壊力である。
大佐が至近距離で爆発させたそれは、強烈な熱量と爆風が電車を溶かし、吹き飛ばす。
コアシールドを持たない一般人は文字通り為すすべなく蒸発した。しかし、ある程度のコアシールドをもつ奇人は熱量をはじき、爆風に吹き飛ばされるだけで済んだ。
その奇人には兄妹も含まれる。
「ごほっ」
「痛い……」
「ゼノン、大丈夫か、大丈夫じゃないな」
成長すれば美人であろう顔は泥と血で隠れてしまっていた。声をかけたガンツも片腕が動かなくなっている。
「にい……足がやられた。動かない」
「みせてみろ」
兄は砂埃で周りが見えないのを確かめると、妹の動かない足を診るためズボンをめくる。
「ああ、折れてるな。ついでに切れてる」
「うへぇ……止血できそう?」
「エネルギーパッケージを使えばどうにかなる。荒治療になるけど我慢しろ」
「さっすがにい」
気丈を装うゼノンのために兄は銃から割れたエネルギーパッケージを取りだし、少々の細工を施して切れた足の断面に当てた。
声にならない苦痛が妹を襲うが、耐えて耐えて涙一滴で収めようとした。アドレナリンが噴出しいくら痛みが軽減されていようと、足を焼かれる感覚は常人には耐えがたい。
まなこから溢れる涙は一滴で終わることは無く、それは滔々と頬を伝った。
「……終わった。終わったぞゼノン」
顔を歪ませる妹から泥を払い、涙を手の甲でふき取った。
「ありが……とう」
安堵の気持ちが勝ったゼノンは意識を手放し、すかさず兄は両手で小柄な妹を抱きかかえる。
「生きてて良かった……良かった」
ゼノンの負担を軽減するためにゆっくりと立ち上がったガンツの両目は涙におぼれて正常な視界を失っていた。
妹が足を失ったこともあるのだろうが、兄から警戒の意識がすっかり抜け落ちていたのだ。
「執行対象確認」
「っ!?」
振り返ると、そこには焼き爛れた肌に焦げた装備を身に纏う兵士がいた。金属を容易く溶かした銃の筒は曲がり、コアシールドの装置は熱に耐え切れず跡形もない。肌着のように防弾服を着ているが皮膚に癒着して周りが真っ赤に腫れている。
それでもなお、兵士の目はまだ生きている。
「まだ、動けるのかよ……」
それは爆発を超至近距離で受けたにもかかわらず軽快に走ってきた。確かに、今までの行動とは天と地との差があるがガンツは攻撃行動をとれる状態ではない。
尋常でない耐久力、持久力。さらに命令を貫く決意。
チルターク社情報部の恐怖されたる一面である。
「くそがっ!」
動かそうにも緩慢な動きしかできない自分の足に悪態を吐くものの、兵士の拳は止まらない。まるで機械のように打ち出された拳にあたれば頭蓋骨が砕けると直感する。避けろ、避けろと体に命じても痛みと規制が許してくれる筈はなかった。
目を見開き、閉じることすらできない。
だからこそ、兵士が銃弾に打ち崩される有様を鮮明に記憶することが出来る。
「だ、だれだ!」
銃弾が飛んできた煙の奥に叫んだ。
「地球では仮面大佐と呼ばれている」
「っあんた、顔が」
「付け替える。見るな」
「あっ、ああ」
実は煙で生の顔は確認できてない。
目を一瞬逸らしまた彼に向き直ると新しい仮面をつけた大佐がいた。服や皮膚は焦げて金属の腕や足が露出し、モノを収納するための穴が何十と開きっぱなしになっており、こちらも満身創痍といった様相だ。
「あの爆発を生き残るのは大したものだ」
「……」
「大尉と少尉の後を追う」
「拒否権は無いんだな」
「その抱えている子を死なせなくあるまい?」
腕の穴に銃を収めながら軽く言う。ガンツは否定しなかった。
大量の土煙が晴れないうちに仮面大佐と兄妹は沿線の街に入り込み、ドローンやホバー車の捜索を躱した。
そのままトルエとサリーナに合流し、現状の確認をすべく打ち捨てられたビルの地下に無断で居座る。
辛うじて原型を留めていた椅子を五つ分持ち出し、円形に座った。ただしゼノンはガンツに膝枕をしてもらっているため地べただ。
「コアシールドも破損し、銃も損失した今、自衛の手段は残っていません」
「潤滑油があればまだなんとか」
トルエとサリーナが言った。大佐は黙って義足と義腕の整備をしている。
「エネルギー切れのコアシールドが二つ、壊れた銃に弾切れが一丁。ビリアンタなら乗り切れるが初めての土地でこれは死ぬ」
妹を起こさぬように静かに兄が報告する。
「そうだ。サリーナ頭大丈夫?」
抑揚に難がある。
「左半身が少し麻痺してますが行動に支障ありません。ですが情報処理の能率は非常に悪くなります」
右脳が内部から損傷した割には軽症だった。軍の電磁パルス対策がなされていなかったら確実にサリーナは死んでいただろう。
「不味いな」
「とんでもなく不味い、装備有で孤立したときより酷い」
そこで仮面大佐が口を開いた。
「悪い情報を付けたそう。私が情報部と交戦した関係で派閥が危険な状態に陥っている。具体的には火星から地球に通信したら確実に居場所が感知されると思え」
「大佐、どうして元帥と仲良くしなかったんですか」
衝動で抗議してしまったが、トルエの目は心の中を語っていた。
「息子を死なせてしまったせいだ」
「あんたの責任ではないでしょうに」
「人の感情だ。割り切れないのだろうさ」
トルエと仮面大佐だけで話が弾み、サリーナとガンツは蚊帳の外だった。兄は眉を顰めて、サリーナは口を尖らせて同じような文句を言う。
「おいおい、今は昔話をしてる場合じゃないだろ」
「そうです。動けないまま餓死しますよ」
加えて五人とも雨に直接撃たれてしまったため、顔や体が次第に赤く腫れてきている。このまま何も処置をしないと高熱と恐ろしい疾病を患ってしまう。
「この建物も捜索されるのは時間の問題だな。さてと、我々は非常に危うい状況なのは理解の上だ」
三人とも頷いた。
「しかし恵まれた状況でもある。チルターク社情報部の分隊を壊滅させた危険因子がこの町に潜伏しているというデマを簡単に流す出来る。もっと言えば我々は情報部の目を引き付けることが出来るわけだ」
「……子飼いの部下が動きやすくなると?」
「その通りだ大尉。少尉、まだ端末は生きていたはずだ。二分後にこの街から脱出するまでにデータを復旧させろ」
「努力します」
情報処理装置が壊れているサリーナは決して可能とは断言できなかった。しかしばがら、この場には端末に詳しい人物がいる。
ゼノンは兄の柔らかい膝に頭を預けつつ、全てを聞いていたのだ。端末という言葉を耳にした途端、僅かに動いたのをガンツは見逃さなかった。
「起きてるな、ゼノン」
「……にい、レディは寝かしつけとく方がいいよ?」
片目だけを開ける。
「地球産の端末をいじりたいんだろ」
呆れつつも涙声になりながら言った。
「そうだけど。ダメ、わたしの知ってるにいは泣かないし」
目元を手で触って涙をふき取り、その手を舐める。
「もっと元気だなぁ」
「こんにゃろ!」
じゃれあう二人を軍人たちは温かい目で見守った。
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