第32話

「サリーナ!トルエ!無事だったか!」


 ビリアンタ二番街の鉄道駅で仮面大佐と二人の部下は再開していた。厳戒令の範囲に鉄道駅は含まれておらず、意外にも人の往来があった。チルターク社の傭兵が入り口を塞いでいるが、賄賂で通る者がいればいつの間にか消えている者もいる。


「潤滑油以外は、ええ」


「ロザリナには後で感謝しておこう。さて、サリーナ。報告があるのだったな」


「はい。そこも……火星捜査局の者に話してもよろしいのでしょうか」


 サリーナは薄汚れた男を睨んだ。


「彼は火星捜査局の人間ではない。通信インプラントを埋め込んでいるから使え」


「了解しました」


 サリーナの脳内に大佐から地球産の暗号化が為された回線が送られ、三人は他愛ない会話をしながら脳内で別の会話を始める。


「俺はサーマル。元火星捜査局の捜査員だ」


 第一声……としておくがサーマルが身元を明かした。


「私は大佐のもとで少尉を拝任されているサリーナと申します」


「トルエ、一応大尉」


「私の自己紹介は省略しよう。さて、サリーナ少尉、伝えることがあると聞いた」


 表向きには彼はサリーナの方を向いて近所の子供に関することを会話している。


「はい。私たちは六番街、現地の人の俗称では放棄地と呼ばれる地域でブレンナット社所属と思われる地下構造物に侵入しました」


「ふむ、それで」


「研究施設とおもわれます。交戦ののち、資料を手に入れました」


「命令違反は追って処罰を決める。重要な資料は?」


「チルターク社が地球政府に反逆しようとしている証拠です。倫理的問題も含まれます」


 三人は一旦会話を止めて駅の入り口側をみた。


 そこには息を切らして駅舎に滑り込んだフードを被った二人組と気絶した傭兵が倒れている。


「ぜぇ、ぜぇ」


「はぁ、はぁ」


 仮面大佐を覗く三人はその顔に見覚えがあった。もっとも、サーマルとサリーナは機械化した眼球が妨害されるせいで靄が掛かったようにしか認識できない。


「お前らか、移動するぞ」


「待て、ぜぇ……待て、息を整えるから」


 手を膝に置いて兄妹はしばらく動けなかった。サーマルはチルターク社情報部門に発見されないために駅から出て独自に行動し、地球の軍人三人は兄妹の分を含めて車券を買った。なぜか昔ながらのICカードだ。


「追跡性を考えるとこっちの方が安全だ」


「休暇のときはいつもそうだったんで?」


「彼女から聞いたのか、そんなところだ。個人的に火星に影響を持とうと何度も接触したが、あとで元帥の駒に苦言を入れられてね……私もまだまだってことだ」


 トルエは僅かに自嘲の気色を感じた。


「はぁ、そんなことが」


「意外と私はみられているようだが、まぁこれからはそれほど気にしなくても良くなる」


 疑問を投げかけようとしたトルエだったが、息を整えた兄妹がサリーナとこちらに歩いてくるのが目に入った。


「「仮面?」」


「仮面」


「気にしないでください。この人は、そういう人です」


「なるほど」


 納得する兄妹に彼はどこか行き違いがあると確信したが何も言わなかった。その方が好都合であったし、今までもそうしてきたはずだ。


 同刻、五人は人面岩方面へ向かう列車に乗り込む。


 兄妹は席に座った途端深い眠りに入ったため、三人は脳の通信インプラントを使って会話した。


「ほう、ガンツとゼノンと言うのか。それで、サリーナ少尉。報告の続きを頼む」


「はい。人目の付かない場所で資料をお見せしますが、チルターク社並びにブレンナット社は人体実験を行っている模様です」


「それだけか?」


「いえ、新人類計画は既存社会の崩壊を狙っているようです」


「新人類……」


 彼は顎に手を当てて考え込む。

 サリーナがトルエを横目で確かめると涎を零しながら寝ており、彼女はハンカチでふき取った。


「結局、人間ってやつはどこにいって変わらないものだな」


「どういうことでしょうか」


「軍、正確には地球政府の一部が似たような名前の研究を民間に隠していてな。元帥も一枚噛んでいる計画だ」


 火星ではみない犬の話をしつつ、サリーナは目を細める。

 地球政府が善良の塊でない限り、新人類を作るということは人体実験が必ず研究過程で行わなければならない。それは、サリーナの良心に反することだった。


「キム中将が元帥に抗議してたところを盗聴して知ったことだから、漏らすな」


「はい。いつものことです」


 会話は犬から蜘蛛へ変わる。


「兵器転用が主目的だったか?」


「……そうではないかもしれません。勿論、兵器転用は常です。ですが、計画書には置き換えの意味を含む単語が多く言及されていました」


「ことがことだ。生易しいものではないだろうな」


「トルエも同じことを考えているようです」


 そこまでで脳内の会話を二人は打ち切った。電車が急に減速を始めたからである。

 彼は口頭で聞いた。


「ところで二人とも、カメラには映ったか?」


 トルエが飛び起き、直後、武装したブレンナット社員やチルターク社員が電車の天板に穴を開けて侵入してきた。





 天板から飛び降りてきた白い制服は雨に濡れて煌びやかに輝ているが、誰も綺麗だとは言わなかった。それは薄汚れた緑色で目視できるほど分厚いコアシールドを纏っているだけではない、武装も、殺気も、何もかもが洗練されていることが一目で理解できたからだ。


「情報部か?」


「おそらく、大佐」


 トルエは不調をきたす義足ながら俊敏な動作で兄妹の席まで移動した。


「起きろ」


 寝ぼけているのか両目を擦って覚醒する二人はとても似ていた。が、トルエはそれに気付くことなく銃を取りだして隙を伺う。

 全身を高エネルギーのコアシールドで覆ているため、少ない銃撃ではほとんど意味をなさない。しかりてトルエは高速移動でコアシールドの内側で銃撃するつもりでいた。


 情報部所属らしき兵士は丸い装置を掲げた瞬間、車内が光い包まれ、サリーナは脳の中が焼けるような痛みが走る。


「ああぁぁぁ!!」


 痛みに耐えきれず叫んだサリーナへ向けて侵入した社員全ての銃口が向けられた。


 刹那、大佐は彼女を抱えて射線から逃れるために別の座席へ飛んだ。兵士の放った銃弾やエネルギー弾は一般人がいても容赦なく溶かし、さきほど大佐とサリーナがいた席は壁ごと貫通して消え去った。


「な、なに?!」


「襲撃」


「はっ?!」


 轟音で目が完全に醒めた兄妹は眼前がさみしいことになっていることに驚き、兵士の矛先が事らに向いているのでさらに愕然となる。ガンツはゼノンの腕を掴んで、ついでにトルエの襟を握って宙を掛けると背中が熱くなったように感じた。


 痛みで動けないサリーナを置いて彼は手の穴から手榴弾を取りだすとそのまま投擲した。


「グレネード!」


 兵士か、大佐か、双方同じ言葉を放つと爆発音と目を覆う閃光が車内に広がった。


 四人が再び目を開けた時、先ほどまで兵士が居た空間が崩壊し、人の姿は見えなかった。


「くそっ、どこ行った」


 噂に名高いチルターク社除法部が電磁パルス付の手榴弾で一網打尽にされると思わなかった大佐は、果たして正しい予想だった。


 停止した電車の側面から五人へを狙って精確にビームが撃ち込まれ、それを避けるために五人は四方八方に散らばる。

 兄妹は車内に残り窓からレーザーを撃ち込む。大佐は外に飛び出しジェネレーターの出力に任せて盾となり、トルエはサリーナを抱えて電車の後方へ走り安全なところに運ぼうとする。


 外に出た仮面大佐に火力が集中するが短時間でコアシールドを突破する威力は無かった。しかし、実弾の運動量までは相殺しきれず、泥だらけの地面を転がった。


 戦車砲を耐えると豪語する諏訪湖重工業製シールドジェネレータの性能は間違いなく、それが兄妹であれば蒸発しているほど火力を耐えていた。


 だがエネルギーは無限ではない。反撃する間もなく打ち込まれる弾丸から逃げる大佐の持つ燃料は体験したことがない速度で減っている。


 そして兄妹は反対側の情報部兵士と戦っていたが、全く歯が立たない重装備に策を講じる暇なく電車前方へ逃げるしかなかった。


「にい!弾切れ!」


「まずっ!」


 燃費の悪いゼノンの銃がエネルギーを切らし、さらに事態は悪化する。兵士は区別の二文字を知らず、電車にいる乗客全員を蒸発させる勢いで銃撃を加えていた。突然の出来事に逃げ惑う乗客であったものの、チルターク社と知ると命懸けで反撃する人もいた。


「チルタークの犬どもがし──」


 その努力は身体ごと水泡に帰す。

 熱プラズマをもつビームを喰らって周りの人間に血肉を提供する結果しか生まない。


 ゼノンが窓から外を見ると、すでに狙いをつけた兵士がいた。


「っ!」


 兄を庇うように射線から押しのけ、死を覚悟する。


 されど、神経にビームが触れた電気信号が焼かれることはなかった。


 兄妹に狙いをつけていた兵士は意識外からの狙撃に頭部を撃ち抜かれていたのだ。コアシールドの色を遠目から確認できれほど分厚いはずのそれは、薄壁のこどく粉々に打ち砕かれていた。


「トルエ、近場は任せます」


「任された!」


 階級の差など単独行動が多かった二人には関係ない。

 兵士は仲間の死に動揺をみせず斜角からサリーナの位置を割り出し反撃するが、すでにコアシールドを起動したサリーナは微動だにせずもう一人を撃ち抜いた。


 彼女の持つ狙撃銃が遠距離から兵士を仕留める唯一の武器だ。そのため、トルエは人外の速度で急接近する敵に、同じく持てる限りの速度で接近戦を挑む。


 トルエが走り近づく一人の兵士に弾を避けながら近接戦闘を仕掛ける寸前、兵士の腹付近から何かが炸裂し散弾が襲ってくる。


「ぐっ」


 それを泥だらけの地面を滑り回避、動きが単調な兵士の懐に侵入し銃で滅多打ちにした。

 いくつかは持ち前の装甲で防がれるが首と頭の付け根までは防ぎきれず前のめりに倒れた。すかさず所持していた銃を奪い、まだ生きているコアシールドを遮蔽物として残りの兵士へ銃撃を加えた。


 状況が悪くなった敵は仮面大佐が逃げ惑う方向へ移動する。


「来たか!」


 待ち望んでいた一網打尽の機会に彼は足の穴からS圧縮構造爆弾を三つ取り出し、それぞれ離れた位置へ投擲する。

 兵士は撃ち抜かんとビームを放つが、小さな脅威は精鋭であれども一発で当てることは不可能だった。


 大佐が泥地面に伏せた瞬間、大爆発が辺り一帯を喰らい尽くした。

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