第31話

 排水機能が弱いビリアンタ五番街の半分ほどを冠水させて雨は小降りとなった。兄妹は銃とコアシールドを体に装備し、フードを深くかぶって夜に家を出る。


 わざとドローンに見つかりやすいビルの屋上を伝い飛んで行くと、やはりコヨーテとオオカミが最初に襲い掛かってきた。ビルとビルの間に避難しても側面構造物を破壊しながらターゲットの二人に向かって直進してくる。


 ドローンは携帯型コアシールドよりも分厚いコアシールドを搭載しているための荒業だ。暴徒を鎮圧するにはもってこいだが、縦横無尽にビルを飛ぶ二人には分が悪い。数による包囲を試みるが、いとも簡単に躱されてしまい地面に激突する機体も出てきた。


 暫く五番街でドローンを減らしてくと二人の待ち望んだホバー車が警告音と共に発砲してくる。


「よしっ、引きずり下ろすぞ」


「もちろん!」


 ゼノンが空中機動を取りながら器用に端末を操作するとビルの陰から様々な種類のドローンが現れ、ホバー車を取り囲むように展開。力ずくでホバー車に捕り付く。


「やっぱりハッキング対策されちゃってる」


 大小数々のドローンに覆われて黒く輪郭の見えないホバー車を見ながら悪態を吐いた。

 兄は焦らず上部構造物の多く残っているビルに登ると高度を落としていた黒い塊に飛び込んだ。


「いただき、って開かない!」


 ドアは宇宙船の密閉技術で強固に閉ざされているため、突破するには専用の工具か使用者の生体が必要だった。その両方を持ち合わせていないガンツはホバー車の天板に急いで乗った。


 天板はコアシールドを展開するためにコヨーテと同じ装甲が使われているせいか、非常に滑りやすい。そもそものところ、人が乗ることを想定していない。


 手近なドローンを捕まえて疑似的に乗っていることにすると、片手で銃の照準を合わせた。狙うは弱点、コアシールド内側の薄い天板である。


 ホバー車は決して戦車のように頑丈に作られていない。暴漢に襲われた際に時間を稼げるようにドアロックは工夫がなされているものの、車体上部や下部は比較的脆いことを知っていたガンツは銃を連射し操縦席と助手席の延長線上を滅多打ちにする。


 脆くなった天板を兄が殴ると簡単に穴が開いた。


 頭の部分は見ないように移動し、ドアを開けて二人分の死体を突き落とす。


「マニュアルかよ。じゃあ勘だな」


 適当にレバーをいじると姿勢制御を失ったホバー車が重力に従って力なく落下していくのを感じた。


「くっそ、でもこれはバイクと同じだな!」


 ギアチェンジを踏み込み、レバーをNからAGにスライドさせると重力に逆らう負荷が身体にずっしりとのしかかった。ハンドルを回し、アクセルの隣にある用途不明のペダルを踏むと一気に上昇する。


 にやりと口を歪ませる兄は操作方法を二分程度で習得した。


「ハッキングよりは簡単だったな!」


 取りいているドローンの霧が晴れていき、ゼノンがビルの上でコヨーテやオオカミに追い掛け回されるのを睨む。ペダルとハンドルを駆使してゼノンの正面にホバー車を移動させ、ドアをこじ開けた。


「乗れ!」


「ありがとにい!」


 ビルの端から飛び出し、車内に落ちる。ガンツは片手でしっかりと体を支えて助手席に妹を座らせる。シートベルトは存在しない。


「あれ、壊れてるんだけどこのドア」


 本来右回りのレバーを逆回転で開けてしまったためドアロックが故障したのだが、レバーを取り外し穴に差し込むことで無理やり解決した。


「コヨーテを撒けたら万事解決と、頼んだゼノン」


「わかってる。にいの頭撃ち抜きたくないから気をつけてね」


「へっ、引き付けたら開ける!」


 オオカミの加速は重量の関係でコヨーテよりも劣る。しかしコヨーテはホバー車の最大加速以上の巡航速度を持つため、いずれ兄妹がのるホバー車は追いつかれてガトリングの餌食となるだろう。


 そして、ドローンから逃げる手段の一つはドローンを打ち落とすことだ。


 一分未満の加速でオオカミの限界を引き出し、ガンツは叫んだ。


「今!」


 ハンドルを90度回し、ドアのレバーを正規の方向へ曲げて開ける。

 ゼノンは兄の膝に銃を構えてドアが開いた瞬間に引き金を引いた。


 視界に映っていたコヨーテがコアシールドの閃光で一瞬見えなくなっている間に二発目、三発目と絶え間なく打ち込んでいく。


「いったか?!」


「ダメ!弾かれた」


「くそっ、硬すぎんだろ!」


 ドローンが蓄電池で動いていれば兄妹はコヨーテを撃墜していただろう。しかし、長期間の不整備運用を想定しているコヨーテはリアクターを内蔵しているため、ビームランチャーなどの瞬間火力がなければ撃墜は困難だ。


 コヨーテはからお返しとばかりにガトリングが撃ち返される。ホバー車のコアシールドで防がれるが、彫金距離まで近づかれるとシールドを無視して兄妹が鉛玉とレーザーの的になってしまう。


「逃げる、取り敢えず逃げる!」


「追いつかれて終わるって」


「私のドローンを自爆させる。これならいけるはず」


「じゃあケツで爆破だ!そこに機関がある!」


 妹は頷いて端末を二台操作し、無数ともいえるドローンをホバー車の加速方向へに先回りさせた。


 再びドローンの霧を展開させると追跡するコヨーテに突入させ、運よく機関部付近に近づけたドローンを自爆させる。高速で過ぎ去る状況を寸分の狂い無く操作するゼノンを兄は横目で目撃し、幽霊となり果てていた兄としての自負が浄化される。


「ああ、できる妹だ」


「でしょ?」


 もしガンツが花という植物を知っていたのなら、その笑顔は満開だと表現しただろう。


 後方を確認すると黒煙を吐いて墜落していく数台のコヨーテが目に入った。オオカミははるか遠く、もはや追いつくことは無いと断言できる。


「乗り切ったか……」


 兄は深く息を吸い込み、ゆっくりと肺を押し込んだ。







 エンジンに負荷をかけすぎたせいで巡航速度の半分以下の速度となったホバー車を兄妹は二番街のどこかに放棄した。


 雨で水没していない二番街は巡回するチルターク社の戦闘員がいると思われ、二人は急いでホバー車から距離を取っていた。以前訪れたときにスキャン装置や簡素カメラの位置は把握しており、気にすべきはドローンと巡回だけだ。


「コヨーテはほんとにバカでかく助かる」


「にい、その先は巡回ルートだよ」


「えっ」


 端末をいじるゼノンはサーマルなどが分析した巡回ルートを貰い、不用意に歩く兄を制止しつつ移動していく。


「ああ面倒だ。人は誰一人歩いてないってのに」


「そうだね。ピリピリした目もないし、ほんと静か」


 見慣れぬ二番街の街並みではあるが、依然来た時と全く違う雰囲気。それは五番街の獰猛な獣が息を潜めて得物を待ち構えるあの雰囲気ではなく、小動物が悪鬼に怯えて息を殺す雰囲気に近かった。


「駅までかなり遠い、このままじゃ日が暮れちまうよ」


「しょうがないってにい、バレたらまたドローンに追い掛け回されるし、抵抗もできなくは無いけど……危険だし」


 妹の言葉に兄は深い息を吐いて答える。

 ドームで購入した銃を兄が改造し、エネルギーの消費効率を悪化させるかわりに懈怠型のコアシールドを貫通できるだけの威力を載せたショットガン型の銃は、残念なことにドローンのシールドに一切歯が立たなかった。


 兄の銃は連射型であるためいうべきもあらず。


「もっと高威力のやつを持ってくればよかったな」


「逃げられないから、これが限界だってにいが言ってたでしょ?」


 ゼノンは先っぽを切られたコルト社のM2130を兄の目の前に掲げて見せる。残弾表示機能はエネルギー残量がすでに半分以下になっていることを示しており、追加のエネルギーパッケージを持ってきていないため危険領域といえた。


「はぁ……これは期待するまでもないしな、ド派手なこともできない」


 取りだしたアーセナルのP-M05-S-22を睨み、そのまま妹の端末を覗き込んだ。


 表示されているのは文字の羅列ではなく、数字や記号のモザイクアートであり意味をなしているとは到底思えなかった。しかし、ゼノンが眉間に皺をよせて読み解いていることから意味はあると断定した。


 声を掛けずに端末から目を離し、二番街の全体図を頭に思い浮かべる。

 自分の位置を把握する建造物を物影から探し、現在地を特定、頭の地図に赤いピンを立てた。駅までの距離を大雑把に考えてからスキャンや監視カメラを避けるルートを構築、妹の巡回ルートの結果を待った。


 その間、兄は壊れたホログラム装置の上に座って空を仰いだ。


 まだ昼間だというのに黒い雲が太陽を遮って火星に闇を齎し、伴う雨が排水されてすぐ傍を通るパイプに流れている。二番街はまだ整備がなされているおかげで五番街のように破損したパイプは少なく、道に溜まっている雨水は少ない。


 しかし、今の二番街はどこか五番街と似通っていた。


 ホームレスは少なく、治安は悪いが五番街より人死には悲しい出来事だ。もし、チルターク社の厳戒令がなければガンツは羨ましいと言葉を漏らしただろう。


 小腹が空いた兄はポケットから固形タイプのフードアンプを取りだして食べ始めた。


 咀嚼音を聞いたのか、ゼノンが端末から顔を上げた。


「ずるい」


「はいはい、これ」


 予想通りだったのか兄はもう一本フードアンプを持っており、それを投げ渡す。


「んっ、にい。解読できたよ」


「流石だな」


「そりゃあね。で、サーマルがハッキングでこっちの場所を掴んだから巡回ルートとかを避ける行程を教えてくれた。時間まで指定されてるし、全力疾走しないといけないけどね」


「見せてくれ」


 ゼノンは端末の入っている地図に青く線を描いた。


「……俺の考えていたのとそんなに変わんないな、いざとなったら俺が抱えて走るぞ?」


「遅くないし!」


 頬を膨らませて兄を何度もたたく。


「わかってるわかってる」


「そう?じゃあ、あと二分」


「了解」


 兄妹はフードの先端を握り、荷物を仕舞ってその時を待った。ホログラム広告の音が消えたように錯覚する。


「さん、に、いち」


 端末のカウントダウンが零をあらわすとまずゼノンが走り出し、遅れて兄が地を蹴った。

 二人が本気で二番街を疾走すると、例え巡回中のチルターク社員がいても目視で確認することは叶わなかったに違いない。

 二人は今、風となる。

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