第37話 閑話
友人と久方ぶりに会話することがいかに心躍か私は甘く見ていたらしい。わが友人、マニルと実に一年の時間を経て酒場キャロニで再開し、談話に現を抜かした。
彼は私が研究を纏めているころに月簒奪事件の調査を行っていたようだ。私も同行したかったが、執筆が思うように進まず彼一人を調査に送りだすことになってしまったことに謝意を表した。マニルは一切気にしていないが疲れが顔にでていることは明らかだ。とても申し訳なく思う。
彼が話した月簒奪事件の概要は概ね私の見解と同様、地球政府が原因でロッキーが立ち上がったということに変わりない。
だが、マニルと私の見解はいくつか食い違っている。
私の調査・考えではロッキー側の兵装はサハラ内戦でよく見られた火星製の大量生産品が占めており、すなわちロッキー首相とチルターク社は繋がっていたと思われた。武器の搬入は宇宙時代を迎えた当時であれば全く問題ないと考えられる。根拠としては火星と月の間で宇宙船の往来が非常に活発となっていたことが挙げられ、のちのサハラ内戦でロッキー側が使った兵器が多数登場したことも根拠となるだろう。
しかし、マニルは、レニー・マニルドンは私の見解を否定した。
彼が見解を一言で表すと、ロッキー首相は生きている、となる。
余りにも突拍子がなく、読者諸君は非常に困惑すると思う。私も彼から話を聞いた後は暫く動くことが出来なかった。当然だとも、ロッキー首相は地球政府軍によって艦砲射撃で死体すら残らず蒸発したとされているのだ。
確かにロッキー首相は死んだ。言葉のあやではなく、だ。
詳しく説明しよう。
マニルが月で激戦地跡の調査を行うにあたって、彼は兵器の残骸からいつ作られたか、どこの資源かを特定しようとロッキー側の装甲車を一台解体して調べ上げた。その結果、紛れもなく月で製造されたものだと判明した。
火星の工作機械は地球と遜色ないものだが、速度を重視するためどうしても精度が落ちてしまう。一方、月は低重力を利用した超精密加工が十八番だ。この違いで兵器は月製造だと掴んだ。
しかし、材料は特定不能だった。太古ならば鉱山から採掘される金属の偏りから特定も可能だろうが、現代は場合によって変動があるものの一定の炭素含有量で作られているため、生産地の特定は非常に困難だ。
次にマニルが行った調査は月と火星の繋がりである。
地球政府は滅多に資料を公開しない所為で火星、月、地球、木星の貿易関係があやふやだ。私も火星と地球の貿易資料を入手しようと関係各所に訪問したがどこも門前払いの散々な結果となった。こうなると各企業の資料を洗い出して地球と火星の貿易を推察するしかなく、軍警に目をつけられることもあり危険を伴う。
しかしマニルは老舗企業を渡り歩いて入手した資料から月と火星の貿易の概要をつかんだ。月簒奪事件が起こる約一年前から異変があり、それまで一定の食料・機械・資源のやり取りだったのが突如火星から資源が大量に輸入されているのが判明した。代わりに機械の輸出が伸び、食料は極小の割合となっていた。
これが示すところは火星、言い換えるとチルターク社は武器を輸入していたのだ!
私の想像に過ぎないが、火星から地球にもたらされた数々の兵器は月から輸入した兵器のコピー改良型と思われる。驚愕した私が机を乱暴に叩いて立ち上がったのは強固だと思っていた自説が崩されたせいだ。所詮、独りよがりの考えに過ぎなかったと理解させられた。
では、チルターク社が入手した武器は何に使われたのだろうか?
彼は息を静かに吸って、大げさに吐いた。否、大袈裟になってしまったのだ。マニルはひどく緊張し、唇は震え、顔の血色は悪くなっていくばかり。一体どれほどの〝秘密〟の扉を開けたのか。私は固唾を飲んで見守った。
マニルは言った。
“チルターク社は地球とすでに交戦していた。しかし地球政府はチルターク社との苦戦記録を破棄し、月のロッキーに全てを押し付けた。地球政府軍の損失が月で多大なのは、簿記上だけ。本来は火星でその大半が失われていた。”
一言一句、とはいかないだろうが、マニルは周囲の耳と目を気にしながら確かにこの意味を含蓄する言葉を話した。端的にチルターク社が輸入した武器は月と同様、地球政府軍に向かって使われた。時系列を考えるとチルターク社は地球政府から自治を勝ち取ることに成功したようだ。
“月は、ロッキーは損害比率を知っていただけで殺された。粛清の嵐よりも簡単に、艦砲による蒸発で月の戦闘を知る反・地球政府側の人間は消えた。”
続けてマニルは少し興奮しながら言った。
そして彼の興奮は醒めることなく、周りのことなど気にせず捲し立てる。そして私がもっとも衝撃的な事実を彼はさも当然かのように言い放ったのだ。
“ロッキーは荷物の中に憎悪を忍ばせた。月から火星に向かった最後の便に誰が乗っていたと思う。ローゼフ・ダヴィド。ロッキーの後継者。”
唾が中空に舞いうほど彼は高揚していた。しかし血の気の引いた顔で話されては感情の類推などできるはずもない。
店の奥が騒がしくなってきたのは直後のことである。
かくいう私は歴史学者のはしくれとして恥ずべきことを領悟し、口の中から鉄の味がした。
当時の私は知る由もないが、ローゼフ・ダヴィドとはチルターク社の情報部部長を三十七歳で推薦され、その後四十二年間に渡って歴代チルターク社長より信任されている。
マニルが言いたいことを私なりに解釈すると、ロッキー首相が思い描いた未来を託された後継者ダヴィドは火星のチルターク社で爪を磨いていた。悪名名高い情報部門の頭領を長い間勤めた彼の権威はロッキーの願望を実現する準備をするのに苦労しなかったはずだ。
騒がしくなった酒場を後にし、マニルと別れた私は早速手元にある資料でチルターク社情報部門のことを調べた。
表側、すなわち一般社会においてローゼフ・ダヴィドは情報部門の悪名に連なる恐怖対象に過ぎず、もとよりロッキーの後継者とは分からない。彼または彼女の死後、情報部門の表立った活動がないことから権力闘争があり、ローゼフの後継者もその権力闘争に身を投じていたはずだ。
以前軍警に捕まる覚悟で手に入れた資料からは情報部門が部長のイスを巡って権力争いを繰り広げていたことが明確に分かり、私の仮説が事実に近しいことが示された。
その権力闘争を勝ち抜いた人物は奇しくもローゼフと同じ姓を持っており、チルターク社全体を動かすように辣腕を振るっていたとある。
彼女はナレミ・ダヴィド。年齢不詳の魔女だ。
表社会に姿を現す以前の彼女を知る人間は非常に――
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