第11話
ミーナ電子店は確かにセルナルガ社系列の品物を扱っている。が、その取り扱いまでは指定されていないことを口実に、大手すら請け負っていない改造手術を行っている。
例えば義手、神経系を分離しロケットパンチを実現させることができるが安全性は皆無だ。他には脳回路を無理矢理リミッター解除状態にし、胴体の改造と合わせて人外が如く超高速で行動できる。代わりに手術は劇痛を極め、使用回数を重ねるたびに脳が溶ける。
「ねぇにい、これとこれ合わせたらさ。腕が敵を認識して勝手に動けるよ」
「反動の少ない銃を合わせたら良さげだな。これなんかどうだ。セルナルガ社製
「なら、マルチタスク機能を外付けして腕もう一個生やそう。脊髄が壊れやすくなるけど、別に良いよね」
二人は施術台へ向かう道中でどう被検体を改造するかを話し合っていた。それを聞いた客は恐ろしさのあまり逃げ出したくなるが、両手両足を拘束されてしまっており動きたくても動けない。
「お、おい!俺は腕力を得たらいいだけなんだ!無駄な、というか劣化させんな頼む!」
「あれ、ミーナまだ麻酔打ってなかったんだな。打つぞ。次に目を覚ませばビックリするからさ」
不気味な笑みを浮かべる二人、患者もとい被害者は激しく抵抗するも拘束は非常に強力でピクリとも動かない。
「や、っやめてくれ。死にたくない。しにたくな……ぃ」
「「おやすみ」」
ある意味、兄妹の改造がこの店の名物になっているところもある。しかし、全く何も知らぬ客からすればはた迷惑なだけだった。強くなるために改造を受ける人は喜ぶだろうが、生き続けるために違法改造を受ける人にとって成功率が低そうな兄妹の改造は恐怖を通り越す悪魔に等しかった。
被害者は心の中で運が悪かったことを嘆いて眠る。
「眠ったな。三本目の腕は必要ないらしい」
「残念だなぁ。そうだ、この疑似生体素材を使ってめっちゃ良くしてあげよう!」
「へぇ、セルナルガはそんなものまで作ってたんだ、いいね」
二人は一応殺菌されたメスを引き出しから取り出し、容赦なく腕を肩から切り離す。骨も機械骨格に置換するためにレーザーカッターで切り取り床に投げ捨てる。
切り口は滑らかだが血が溢れてくる。そこにガンツが成型した生体素材を取り付け止血、ゼノンは機械骨格を患者専用に調節して兄に手渡す。施術が始まって十三分、腕の先までオーダーメイドで完成した。そこにはもちろん銃は無いしマルチタスク機能は取り付けられていない。
「いい感じにできたぁ!この人のDNA配列凄い綺麗だったからすぐ終わったね」
「骨格も整ってた。まるで作りものみたいな感じだったな」
「どっちかっていうと人形かな?レントゲンに映ってた、背中のここ、BRNAT-K-413」
ゼノンが端末に映し出した写真には確かに人工的に刻まれた型式らしき番号が刻まれている。BRNATはブレンナット社の称として使われている。
兄は訝しげに文字列を睨んだ。
「ミーナが撮ったのか?」
「うん、さっき貰った……私たちに会えってことかな」
「多分な、遠回りな人だし」
投与した麻酔量から患者はまだ覚醒するには早い。この間にもう一人の被検体の手術を終わらせてしまう事に二人は決めた。
部屋に居たのは筋肉だるまと形容するのが一番近い屈強な女だ。すでに眠っていたため文句を言われることなく検査に手術ができる。
調べてみると女を体は生まれて育った体ではない。他の手術をした痕跡があり、遺伝子改変で筋肉量が増大していると確認できた。だがこれ以上遺伝子をいじるとタンパク質の生成に異常をきたし身体崩壊を起こす可能性があり、二人がしようとしていた施術は至難の業だった。
そこで二人はノルアドレナリンを致死量一歩手前まで投与し、無理やり患者を覚醒させる。最も危険で最も力を手に入れられる装置を埋め込む説明をするためだ。
「説明する。起きろ」
「ぐっ、怠いし動悸が――」
「――今から輸血で偏った血を追い出すからマシになる。それよりも、ここに来たのは単純な力を得るためだな?」
「ああ、間違いない。あたしはあのくず野郎どもをぶちのめしたいんだ」
「おっけー!じゃあ何が欲しいか言ってね。腕とか足に銃を埋め込む?」
女は首を横に振る。
「拳じゃないとこの気持ちは収まらない」
「そうか、なら生き続けたいか?拳を使った後も、壽命で死ぬぐらいまで」
「いいや、きっとあたしはあいつらをとっちめたら死ぬ。ああドブネズミの方が長生きだろうよ」
兄妹は顔を合わせて頷いた。
「レスリミッタをするね。寿命は起きてから一週間ってところ、大丈夫?」
「……構わない」
女の目には紫色の炎が浮かんでいる。二人が施術を拒否しても、他所で同じような手術を受けるに違いない。二人はこの絶好の機会を逃すはずもなく、容器から装置を取りだしていく。
「ヘロインを常時流すから幻覚を見るがゼノンがデバイスで抑えてくれる。金属脊髄を超伝導体に置き換える。チャンネルは併用できるから遺伝子は改変しない。代わりに超伝導を発生させるためにカバーで覆う。凍傷は覚悟しろ」
さらにゼノンが付け加える。
「脳にチップを埋め込んでリミッターを解除させるね。力の加減がしにくくなるから気を付けて、あとは外付けの意思処理装置をニューロンに直接ぶっさすから動くだけで痛いよ」
「出来れば筋肉細胞ごと伝達物質にしたいがそこまで行くと殴るための寿命が足りなくなる。今言ったことを行う、覚悟を――」
「――やってくれ、あたしはもう決めたんだ」
二人は黙って麻酔を撃ち込んだ。
ミーナの手伝いは大抵、人の生死に関わるようなことだった。手術ミスで死んでいった人間は幸いにしていないが、“お掃除”で片付けたのは生きた人間だ。始めは人のそれを拒むだけの精神が存在し、ミーナの呆れた声を聞くのは何度もあった。
いつからだろうか。兄妹は様々なことに慣れてしまった。
今は高難易度な施術に、ゼノンの同時処理とガンツの精密性で乗り切っている。それは一時間、二時間、遂には十時間を超す手術となった。
息の上がる兄妹の前には、筋肉と機械で形の変わった女が横たわっている。安らかに寝息を立てているが、これが彼女にとって最後の睡眠となる。
「はぁ、はぁ。たぶん……あの人起きてるかな……」
「ああ、ふぅ……はぁ、たぶんな……」
二人は拘束具を外し、近辺の地図が入った端末を脇に置く。せめてもの良心だった。
部屋を移動し、ブレンナット社と関係がある男が起きているか扉から覗いた。そこには全く動けずうめき声しか出せない哀れな男がいるだけだ。
「「あっ」」
「おい、これを外してくれ!」
脳味噌の端から拘束を解くことをすっかり忘却していた二人は平謝りをしながら鍵を外した。男は慣れない義手が不快で呻いていたらしく、怒ってはいなかった。優しい部類の人間である。
「ええっと、BRNATのKの413、だっけか。名前は?」
「プライバシーだ、代金は多めに払ったぞ」
「知っているか答えるだけでいい。ブレンナットに連れ去られた夫婦を見なかったか?」
「……ない。俺の記憶にはない。だが……部署が違うのかもな、まぁこれ以上は無理だ」
「ありがとう。じゃあミーナに会ってから帰ってね」
年齢氏名不詳の男は立ち上がって兄妹に感謝した。
「いい義手だ。たしかに握力が上がっているし前よりも使いやすくなった。ミーナだったか、もうちょっと金を渡しておく」
兄妹は抱き合って喜んだ。一瞬、男は微笑んだがすぐに険しい顔に戻して部屋を出ていった。
施術で褒められることは何回もあるが、毎回抱き合って喜びを享受している。二人一組で挑んでいるからでもあるし、単純に喜んだら抱き合ってしまうのも理由の一つだ。
「実験材料にされてないといいんだがなぁ、希望は薄いか……」
「どうにか知る方法はないかな、サーマルに頼んでみたりさ」
「それだったら孤児として捜査局に依頼した方がマシだ」
「だよね」
二人は手術ベットの上で考え込む。頭を使ったせいか次第に眠気が忍び寄り、そのままベットの上で寝てしまった。
晩飯を持ってきたミーナは扉を開けてそれを見ると、容器だけおいて部屋を後にする。盆にのったフードアンプはいつもより量が多かった。
ミーナ電子店の朝は早い。
セルナルガ社からドローン定期便が届くのが朝であることに加え、ミーナが早起きなためである。日課はドローンから減った分の物資を受け取り、売上金の一部をドローンに内蔵されている端末に送金する。これでセルナルガ社の傘下を継続することが出来る。
「あの子らはまだ寝てるかね……」
二人が寝ていた部屋の前に立ち、扉に耳を付けると微かに寝息が聞こえる。
十時間のオペの疲れはまだとれていないようだ。
足音を立てずに店中に戻り、今日も来るか分からない客を待つ。ある時は栄養失調のチンピラ、腕を失った武装警官、時には金をせびりに来た家なし。金払いの悪い客ばかりであるが、みぐるみを剥いででもできる限りのことはするのがミーナだ。
「雨が酷いね、今日は」
店の外は豪雨になっており、本来向かい側に見えるホログラム広告も色のみで今は見えない。
「昔はただ暮らしにくい星なだけだった」
セピア色になってしまった思い出を掘り返し、ミーナは深く息を吸った。その口元は少し笑っている。
過去、それほど遠くはない過去。まだ鈴木ミーナが苗字を改名する前の話だ。チルターク社の前身が必死に社運をかけた経営に四苦八苦している時期で、地球政府のシャネル将軍が暴政を強いていた時代。
テラフォーミングの技術も未発達で四六時中暴風に晒されながら労働者は働いていた。ドームの中も安全とは言えず、盗み喧嘩は普段の景色、憲兵すら暴力を振るうことがあった。そんな中、セルナルガ社の初代社長はミーナに声を掛け、大きめの小売店を出した。
コンビニエンスストアのようなものである。しかしもっと幅広く、食料品や雑貨は当然、医療品に服、加えて手術や工業製品まで。万能、若しくは器用貧乏。これが労働者の足りない需要を満たし、大いに売れた。
砂漠よりもひどい環境の中にあるオアシスである。
ミーナは小さな店を続けるために熱い苦しい男と別れたが、彼と暮らした日々を決して忘れることはない。赤砂の大地を塗り替えると豪語した彼の情熱に惹かれた若かりし頃のミーナ、今生きているのも全て彼の望み。
「これが、お前の見た未来だったのかい?」
ミーナの中で答えは出ていた。
「いたいた。ミーナ、飯ありがとう」
「今度チョコ味は二つにしてくれ、食われた」
「生意気だねガンツ。感謝の一言もなしかい」
しかし現在のミーナに彼の夢を追い求めるだけの情熱は無い。追い打ちが如く身体機能の大幅制限による長寿命化の副作用は確実に彼女を蝕んでいた。
「か、ありがとう。セルナルガのチョコ味はやっぱり美味しいな」
兄はおべっかを使う。
「どこも同じだよ、冷蔵庫に何個かフードアンプがあるから持っていきな」
いつもの報酬だ。売り上げを渡すこともできるが、兄妹が嫌っているためミーナは金を渡すことを止めている。なぜかとは聞かない、ミーナ自身も秘密の塊だからだ。
「おう、そういやミーナ、あの……ええっと腕の改造したやつから何か聞いてないか?」
「詮索はしなさんな。金だけ貰ってたらいいんだよ」
兄は何か言いたげに口をパクパクさせた。
「はいはい。ほらにい、行くよ」
妹は兄を引っ張って冷蔵庫に入っていたフードアンプを全て取り出し、入れ物に包む。そしてフードを被り裏路地を通って家へ向かう。豪雨の中でも雨が遮られるため、安全に通ることが出来た。
「次はいつになるかな」
「ミーナのことだ。生きて帰れば許してくれるよ」
「そうだね」
実際は殴られるかもしれないと二人は覚悟した。いまさら、面白そうな面倒ごとを手放せるはずがない。
巨大すぎて実態が見えぬ幻影のようなチルターク社に、二人はちょっかいを掛けてみたいだけなのかもしれない。ブレンナットの横暴はすぐそこに、今も路地でホームレスの脳天に銃を突き付けているからか、二人の感情はブレンナット社に関することとなると酷く粗々しくなる。
懐から取り出した拳銃のエネルギー残量が減った。
兄妹が家に着くと、サーマルが傘をさして待っている。のらりくらりと揺れる球体が肩の上を飛んでいて、彼自身もほのかに揺らいでいた。不機嫌とも、無感情ともとれる曖昧な顔で口を開ける。
「まさか丸一日待たされるとは思わなかたなァ」
無視して玄関口をくぐると、断りもなくサーマルがずけずけと家に入り大げさにソファへ腰を下ろした。
妹は話があると感じ、兄にフードアンプを手渡してゲス捜査官の目の前に立つ。
「まだ警備状況がわかってないからメージャーは盗めないよ」
「うなこたァ知ってんだ。ここに来たのは情報共有ってとこだな」
「サボりじゃないんだ」
それもある、とサーマルは言った。
火星捜査局はチルターク社の支配下にある組織の一つだ。しかし、独自の捜査網を持っており、サーマルが未だ留まっているのはそれが有益だからである。荒くれ者すらまとめ上げられない捜査局は中流階級の人々との繋がりが強く。工場内の情報はよく入ってきていた。
「お前らが三番街ではっちゃけたおかげで動きやすくなった。お礼に情報だ。チルターク社が近々ハナソン社に一発仕掛けるみてェだ。この隙を狙え。ただし一番街はいつもより傭兵が多いぞ」
「いつかはわかる?」
サーマルは首を振った。
「どっちも傭兵が増え始めたのは三日前からだ。俺の伝手がドーム周辺が騒がしいと伝えてきたのが昨日だ……俺の知ってる情報はこれだけ、お前らは何か知ってないか」
「おじさんが知ってないことを私たちが知るわけないでしょ」
「調べたらいいのか?」
兄がフードアンプを置いて会話に参加する。
「それはこっちでする。お前らは高品質メージャーを工場から盗んでくれ」
「じゃあ変わんないってことだね」
無言で頷いたサーマルは静かに去った。球体は常にくるくると回っているだけだったが、妙な威圧感が渦巻いて二人はボロボロの背中に声を掛けることすらできなかった。
外の雨は小降りになっており、ガンツが路地を眺めるとサーマルが通った跡と思われる引きずった泥の足跡がくっきりと見えた。
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