第10話

 丸一日をドームで過ごした兄妹はさらに一日をかけて目的の工場に辿り着いてた。

 フードを被り雨を凌ぎつつ、前回よりもさらに警備が厳重になったのを確かめる。ドローンの量は見るからに増えており、おそらく人感センサーも増量されていると予想した。


「もうちょっと時間かけないと侵入、無理そうだね」


「はぁ、最悪だ」


「ドローンとかカメラを設置しよう。にいはバレないような位置探して」


「りょおかい」


 ドームで過ごした時間の半分はゼノンの物品選びだった。手荷物になる銃器の購入は妹が許さず、重火器はター・ホンインが制作するため買う意味は無かった。


 そこでゼノンの行きたい場所、つまり機械や端末関係の店に行くこととなり、ガンツは初めて妹の気持ちを理解した。数時間に渡って似たような商品を店員と話し込んこみ、あっちこっちに右往左往、どれもこれも内容が分からず情報過多に頭痛までする始末。ようやく終わったと思えば店から店に八艘飛び、留まることを知らぬ物欲によりガンツの両腕は機械で埋もれた。


「買ったやつをすぐ使えるって最っ高!これね、基幹部分の安定化装置は地球政府軍のS型なんだけど半導体不足でメンテナンスが出来ないことを考慮してマルチ処理機構を搭載してるの、おかげでAS装置が誤作動を起こしても問題ないし、長期間の動作にも耐えれる。こっちはもっとすごくてね。小型ドローン素体がシールド伝導体に加えて電子拡散膜に覆われてるの、撃たれずよくて見つかり難い、高かったけど買って損はないよ。それにこれは開拓者仕様の――」


 兄は適当に頷き右から左に妹の言葉を流していく。無理に入れようものなら頭痛が悪化するためである。


「じゃあ、あそことあそこ。ここは巡回するかもしれないからナシ」


「分かった。移動しよう」


 小型ドローンを遠隔操作で動かし、広い工場を隈なく監視できるように網を構築する。ガンツには何をしているかさっぱりだが、妹がやるからには絶対的信頼を寄せていたため不安にはならない。


 二人はビルの屋上から飛び出し、壁面の構造物を足場にして地面に降り立つと周囲に雨水が四散した。


「一週間ぐらい様子見かな、暇だね」


 妹の言葉にガンツは顎を軽く上下させることで同意し、何をしようかと考えを巡らせる。


「あっ、暫く店の手伝いしてないな」


 両親が居なくなったあとから世話になっていたセルナルガ社系列のちいさな売店、普段はそこで昼飯を貰っていたが忙しかったため何もできていなかった。


 ミーナ電子店という名前で、その名の通り鈴木ミーナが店主をやっている。どうやらチルターク社創設当時からやっているらしく、いったい何歳なのだと二人は思っていた。見た目は火星の大気にやられた皺皺の老婆なのだが、動きの機敏さは年齢を超越しているとしか思えないほどだ。


 やることが無くなった兄妹は盗んだバイクで一番街、三番街、そして五番街と検問もなく平和にアジトもとい家まで帰ってきた。


「人が少なかったね、なんかあったのかも」


「捜査局なんていても居なくても変わらないさ」


 兄が妹を見るとすでにタブレットを持って仰向けになっている。よっぽど暇だったのが堪えたらしく、表示されているタブは七を超え、今九つ目が起動した。この流れるすべての情報を処理できるのがゼノンの暇つぶしである。


 テレビの時計は十九時を示しており、ガンツは妹の分も含めて夕食をこしらえることにした。


 冷蔵庫を開けてフードアンプを数えるとその数は徐々に減っており、もうそろそろ補給をしなければならない。買うだけの金は持っているため飢える心配はないのが幸いだった。


「次は何味を買おうか。牛ステーキ味、スシ味、あぁいっぱい」


 考えるだけで兄の口から涎が落ちていきそうになり、急いで啜る。

 そのまま窓から雨の向こうを見ると、破壊された部屋の跡が生々しく残っていた。緑色の植物は当然むしり取られた後で、さらに燃え跡があることから徹底的に隠滅したようだ。

 五番街の破壊痕がまた一個増えたが、誰も気にする者はいない。使い古され利用価値がほとんど無くなったこの地域に、どんな輩が悲しむ顔をするというのか。ガンツは両手にフードアンプが入った容器を持って立ち去った。


「飯、置いとくな」


 集中したゼノンの耳に言葉が届くか甚だ疑問であるものの、目を離すと空の容器しかないことはザラであった。


 ガンツはテレビから情報を手に入れようと番組を変え、キヤノン社出資の情報番組にする。お気に入りというわけではないが、一番、灰汁が少ないと思っている。


「ハナソン社がガスフロン社からドーム管理権を獲得しました。これにより、ハナソン社は火星の三十パーセントのドーム管理権を持つことになります。チルターク社の五十五パーセントに着実に近づきつつあります」


 美形のアナウンサーが傾いた円グラフを用ゐてつつ、獲得した経緯を解説し始めた。


 ドーム管理権は火星支配に直結する重要な要素だ。大気循環、食料生産、市場としていの役割もあり、宇宙船発着場を持つことから強固な防衛施設が存在し燃料製造も行っている。火星人口の推計三七パーセントはドーム周辺に住んでいるされ、人を統治する意味でもドームは重要な施設である。


 十数年ほど前までチルターク社が全てを管理していたが、サハラ内戦終結後に各中小企業、もしくは大企業に一部を譲渡した。理由は明確にされていないが、サハラ内戦に伴うものであると根強い噂が存在する。


 ハナソン社はその時管理権を最も取得した大企業であり、今現在はチルターク社が過去放出した権益を収集している。ドーム管理権はその一環だ。方法はハナソン社の傘下に入れて守護する代わりに、ドーム管理権やその他を貰うことをしている。


「巷ではハナソン社とチルターク社の戦闘が激化していまして、人面岩地方では鉄道駅が煙に包まれました。ハナソン社は公式声明にてこの事件との関連性を否定していますが、チルターク社上層部は報復戦闘の用意があるとコメントしました。このまま戦闘が激化しますと、チルターク・ブレンナット戦争やチルターク紛争並みの戦争に突入するのではないかと警戒感が強まっています」


「では、次のニュースに移ります。クラムリン武装警備会社とニューロンドン警備社が交戦し、クラムリン武装警備会社が勝利しました。これにより、ニューロンドン警備社の資産は全てクラムリン武装警備会社に吸収されます」


「次のニュースです。火星近郊の宙域で宇宙船が爆発する事故が発生し、現在火星捜査局が原因を――」


「――順調だね。クラムリン」


 興味があったのかゼノンはソファで仰向けから横向けになりテレビを見ていた。ガンツが机に置いてあった容器を確認するとしっかり空っぽになっている。


「いいことだな。俺たちが居なくてもやっていけそうだ」


「……メージャー盗むのやめる?サーマルに殺されそうだけど」


 二人は不安と切望が入り混じった顔になる。


「ゼノンが死ぬところなんて見たくないさ」


「わたしもにいが死ぬなんて嫌」


 妹はソファーの上から覆いかぶさるように飛び込み、兄は奇麗に妹の体を受け取った。


「「死ぬときは一緒」」


 両親が居なくなった日、兄妹は同じ文言を唱えた。


 雷さえなった雨の夜。ブレンナットの社員は玄関で両親と問答した末に、銃床で殴り無理やり両親を連れ去った。二人は物陰に隠れていたが、荒々しい言葉と悲鳴の様な言葉を聞いている。記憶に刻まれた恐怖は消える失せることなく残り続け、二人分のスペースが空いた部屋で誓った。


 離れ離れにはなりやしない。


 唯我を否定し、二人に一つ。


 残された孤独感は一人だけの時に起こるものではなかった。たとえ二人であろうと、両親に縋るしか能の無い子という存在に慰めを求めるのは不可能だった。


 否応なしに火星の雨は今日も降り続ける。

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