第19話

 今までライトは白い光を放出しているだけだったが、赤色灯に変わるといよいよキリヤは焦りだした。先ほどから船内を右往左往して余っている安全装備がないか探すが、図面に書いてあった場所のものはすでに取られた後だった。


 行ったり来たり、彼方此方を走り回って盛大こけたとき横の通路からベンが顔を出した。


「さっきのひとで」


「ベンさん、もう装備はありませんか」


 キリヤは体を作業船に押し付けたまま質問する。ベンは黙って首を振った。また彼も始め会った時と全く同じ格好をしており、キリヤは作業時作業服の欄に赤印をつけた。


「ここは?」


「死ぬんなら、せめて面白いもの見つかれば」


 そこはレーダー探知機の操作室だった。キリヤが中に入ると作業員の私物で覆われているへんてこな空間で、レーダーの反射を見る装置は無造作な部屋の広さに比べると酷くこじんまりとしたものだった。


 装置には白い線が引かれて距離が書いてあり、作業船の下方は全て真っ赤、さらに周りにも赤い光点が点滅を繰り返していた。


「洞窟の中なんですか」


「故障、最近ようある」


 キリヤは修理の欄に赤印をつけた。


 しかし、よく見ると光点はどんどん接近してくることに気付いた。つまり動体、救難信号を受け取った何かがいるということである。

 ベンに伝えるまでもなく、作業船に何かが取りつき大いに揺れた。


 ベンは倒れなかったがキリヤは尻餅をついてしまった。体幹の無さは今に始まったことではない。


 大きく揺れてから数分後だろうか、二人はハッチの方向から高速回転する物体の音色を聞く。それがカッターだと感づくまでに時間はかからず、ベンはキリヤを連れてハッチ付近まで向かう。

 だがその必要はなかった。瞬く間に侵入してきたチルターク社の白い制服を着た社員は蟻の如く迷路状の作業船内を奔走し、二人のいるレーダー室までたどり着いた。


「ふむ、二人だけか。大人しくしてたら酷い扱いはしない」


 平生な口調で銃口を向けてくるものだから、ベンとキリヤは黙って頷くしかなかった。彼女は程よい湾曲の胸を微かに揺らして迷路に駆けていく。


 レーダーの中心が自艦であるとするならば、キリヤの乗る作業船の周りは赤く塗りつぶされており、すなわちチルターク社の船に囲まれていた。


「いつもいないのに……おらは助かった?」


 虚ろな目でベンはキリヤに語り掛けたが、返事をすることも反応することもできない。

 彼は恐れていた。何かおかしなものが見つけられると一瞬で川の底に沈むだろうし、即死出来たら苦しまずに済むがタールに呑まれたら中毒と窒息のダブルパンチで苦痛どころではない筈だ。


「よぉかった。まだ息子がいるんだ」


 耳を澄ますとまだ船内を捜索する足音が聞こえる。


 キリヤはもしかするとサーマルを探しているのではないかと考えた。マリネリス峡谷に来ていると知っているのは血を流していたことから確実で、あとは逃げた先で仕留めるだけ。多少キリヤが治したものの、手負いであることに間違いない。


 足音が迫り、先ほどの社員が姿を現した。


「先ほどは失礼した。危害を加えねばならん」


「えっ」


 ベンの脳が視界の端で飛散った。

 そのまま彼女はこちらに銃を向け、そしてまた視界から消えた。代わりに立っていたのは裏路地で見かけた男、サーマルだった。


「すまねぇ」


 ベンの亡骸をみて言ったのか、襲われかけたキリヤをみて言ったのかは分からないが、取り敢えずチルターク社の社員は黒い球体に無数の穴を開けられた。


「サーマルさん?!」


「エンジンが止まって災難だったなァ。ちょいとドンパチするからついてこい。逃げるぞ」


 彼はそう言ってハッチの方向へ向かう。キリヤも後を追うが、黒い球体が睨んできている気がして変な汗を流した。





 作業船一隻が行方不明になることなど良くあることで、ニュースにも取りざたされない事象の一つに過ぎない。道端で誰かが小石を蹴ったことなど家族団らんの場を支配することは決してない。


 しかし、蹴った本人が小石を重要視していた場合は個人的ニュースに乗るだろう。


 臨検を担当した彼は穴だらけになった同僚、強いて言えば恋人をみて膝から崩れ落ちた。彼女の身体を構成した血液は流れ、体を触るとすでに冷たかった。温かい彼女を知っているだけに、その心理的ダメージは計りしてない。ただしベンの死体には見向きもしなかった。


 白い制服を恋人で赤く染めると、残りの船員を抹消すべく動き出す。小部屋に押し込まれていた人々を一発ずつ、脳味噌を狙って撃ち殺し丁寧に地獄へ送りだす。


 全てが片付きハッチに向かうと血塗れの同僚死体が転がっていた。仕方なく彼は本部へ周りの船へ連絡を入れ、増援を待つ。

 ガタンと船が揺れて仲間が入ってきたとき、初めて彼は自分が乗ってきた船がないことに気付いた。


「畜生!」


 白い制服を赤く染まる彼は力いっぱい壁を叩いた。

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