第27話
ビリアンタの街は静寂に支配されていた。
先日チルターク社から厳戒令が発令されその他企業も追従し、ハナソン社も交戦を停止し傭兵を四番街に押し込んだ。
普段であれば爆発音や発砲音の二つや三つは駅から出た途端に聞こえてもおかしくはない。が、二人が出会ったビリアンタは恐ろしいほど粛然たる様子なのだ。
工場からの排煙でせき込む二人は雑然と、しかし空々とした青の世界を歩く。まるで世界で二人だけになったような錯覚すら起こり、彼は待ち合わせ場所に部下がいるのか不安になり始めた。そしてサーマルも普段生き残ってきた街には到底見えず、大通りを歩くばかりだ。
スキャンを避けるために未だカラフルな水たまりが残る路地に入り、壊れかけのホログラム映写機の上を伝っていく。メージャーにやられた悪漢の一人や二人が転がっている筈が、なぜかどこにもいないのだ。
そこは二番街、ビリアンタで最も人が密集するところである。さればこそ、厳戒令であろうと人の声が聞こえてもおかしくない。加えて、ビリアンタの住民がまともに命令を聞くことを望むべくもない。
「なにかあったなァこりゃあ」
「全球ネットワークは生きているが情報が載ってない」
二人は顔を見合わせてビルに入った。
二番街の建造物は多くが余暇活動用に使用されているため人が住んでいることは少ない。しかし全くいないというわけではない。ロザリナ・ヴァレアンナのように住み込みで働く人もいる。
「外れか」
「いやいる。ここにいるのは……まァだちってやつだ」
サーマルは無造作に入った空っぽの部屋の中心に立って落ちていたチョークで円を描いていく。
「すこし外で待っててくれねェか」
「分かった。終わったら呼べ」
彼は扉を閉め、何の変哲もない廊下に座り込んだ。
天井にある光は地球で普及している電球とはまた違った形をしている。鉄の匂いが漂うそこは地球では絶滅した露出配管が縦横無尽に走り異音が響いていた。彼は徐にこんこんと叩いてみるが中身が詰まっているのか全く反響しない。そこで一部漏れている液体を見ると雨と形容できない禍々しい液体が零れていた。
雨水か、それ以外か。雨水以外がたまっているとしたらそれは一体だというのだろうか。彼がよく訪れるビリアンタは予想以上に古く、道端に設置してある装置ですら役割がわからないものが多い。なにせ火星開拓時代最初期のドームが存在するのである。使われているテクノロジー自体は普遍的で応用されているだけだ。さればこそ、ビリアンタに張り巡らされるビル群とパイプは現代科学で意味を持ったものではなくてはならない。
名状し難い畏怖を彼が感じたところでサーマルが部屋の中から声を掛けた。
彼が入ると先ほどは無かった扉が存在しており、仮面の下で怪訝な顔をする。サーマルは気にもしていないようで現れた扉の奥に消えていった。
「ホログラムか……」
適当な答えで頭を巡る議論を中止させると扉をくぐる。
彼の第一印象は芸術家の部屋というイメージだ。乱雑を通り越してぐちゃぐちゃの言葉が似あう部屋の様相の中に芸術家らしい洗ってない白い髪の毛をもつ汚れた男がいる。滑らかな金属椅子に座って設置型端末に何かを書き込んでいるがサーマルと彼に気付いた様子はない。
「ミケラ、おい!ミケラ!」
ゆっくりと顔を上げた男はミケラと呼ばれ、目をせわしく動かして二人を認知した。
「あーサーマルじゃないか。久しぶりだあね。なんか用?」
「街が静かなもんでなァ」
「あーそれは……ちょっと待って」
ミケラと呼ばれた男は端末を操作してホログラム映写機を起動し、壁に駆けられている数え切れない情報チップを乱雑に剝ぎ取って装置に差し込んだ。
「何者だ」
彼は楽しげに用意を進めるミケラを指さして尋ねた。
「連絡員ってやつだ。昔は監視者って言われてたらしい。チルターク御用達の密輸者を監視する虫好きの変人だ」
サーマルが天井を仰いだため、彼もつられてみると蜘蛛の巣が一面に存在した。寒気が背中に走り、彼は見なかったことに決める。
準備が終わったミケラはホログラムを指さしながら説明を始めた。
「日付はあ忘れちゃった」
監視カメラの映像には女性と男性の二人が映っている。
「ナレミが厳戒令の担当官だったんだけど、その時は今みたいに静かじゃなかった。ナレミは……優しい方だからかな、それで……ええとチルターク本社からケッセレン・ブルーメがやってきてナレミといざこざを起こした」
「社内政治かよ、余裕だな」
呆れた声でサーマルは言った。
「うん、で、ナレミが勝った。ケッセレンは負けて厳戒令司令にさせられてむしゃくしゃしたのかな。五番街からじわじわと大軍で掃討していった。ハナソン社の傭兵が一部抵抗したみたいだけど数で圧殺されたみたいだねえ」
段々と声が枯れていくミケラは部屋の隅に移動し、少し時間が経つと何かを漁ると淡く黄色に光るメージャーを手に持っていた。
それに太めの注射針を取り付け首に差し、注入していく。
「あぁ生き返るぅぅ」
彼の目には本当に生き返っているように見えた。枯れた声のミケラはぼさぼさの白髪中年男性であったが、首にメージャーをさしてから目に活力が蘇り白髪だった髪の毛も次第に黒に染まっていく。
初めて見る光景に彼は仮面の上から頬を触った。
「ミケラ、どこでそいつを仕入れたんだ」
「えぇっと。ハナソンの人かあら。そう、そう。俺ってようやくチルタークから乳離れできたんだよ。死体まで用意してもらったから完璧さあ」
「ハナソンに飼われてるだけじゃねェか」
「毎日気持ちいからどうってことない!」
「イかれてやがる」
サーマルも人のことは言えなかった。
「話が折れたな。二番街に人がいないのはチルターク社に制圧されたからか?」
「違う。みんな隠れた。しばらくしたらドローンの巡回が始まって外にでてる人は撃ち殺されるよ」
「あァ通りで……」
二人は人がいない原因を理解した。
「サーマルはついてるよ、あと知らない人」
仮面は黙ったままだ。
察したミケラは墓穴を掘らないために話題を変える。
「チルタークから乳離れしたせで監視機構にアクセスできなくてね。ハナソンに網を作ってもらってるけど暫くは役に立てそうにないよ」
申し訳なさそうに後頭部を掻く。
「人面岩にいたころから期待してねェ」
「冷たいなあ」
サーマルは残念そうな目をするミケラを無視して部屋をでようとしたが、彼は腕を突き出してサーマルを止める。
眉を顰めるサーマルは仮面の奥で燻っている感情を読み取った。
「ミケラと言ったか。網はどこまで伸びている」
「なにかくれたら教える」
「……構造爆弾ならやろう」
「すごいもの持ってるね。充分充分」
腕の穴からS圧縮構造爆弾を取りだすとミケラに手渡し、大事そうに一個の引き出しへしまった。
「商人が良く使う場所と知ってる密輸船が止まる港までは全部仕掛けた。古い情報は全部向こうに置いてきたから新しいのしかないよ」
また後頭部を掻いた。
「構わん。フォボスの港に泊まってる密輸船が何隻かいるはずだ」
「ちょ、ちょっと待って」
ミケラは殺気立つ彼の要求に従い急いでホログラムの準備をする。全球ネットワークのような遙かに巨大なネットワークではなく小さなネットワークに接続してホログラム映像を出力し始める。
準備の間、サーマルは不思議そうに理由を尋ねてきた。
「これは私の個人的な探求だな。杞憂であってもらいたいものだ」
「わっかんねェなァ」
「派閥争いの一環とでも思ってくれ」
「大佐も忙しい身分なことで……」
その時、サーマルはチルターク社を嫌っていた理由に片足を突っ込んでいることに気付いてしまい自分自身に辟易することとなった。
腕を見ると義手が銀色に煌めていおり、足の感覚も生とは違った味わいだ。もうすでに、サーマルは本来の身体の感覚を忘れてしまっているが、今の感覚が違うとだけは分かっている。
社内闘争で兵士として使われればここにはいない。ただの使い捨ての先兵であれば生きていない。サーマルは純粋な実験動物だったのだ。
「仮面さん。これが一番新しい、二日前のフォボスの港。古い奴はこっちの……忘れちゃった」
ホログラム映像にミケラにとって何の変哲もないと思われる宇宙港の光景が写されている。しかし、大佐にとっては異様な映像のようであった。
「あの商船を、青色の商船を拡大してくれ」
「これ?怪しいところはないけど」
青い商船はモジュールを組み合わせて構成される一般的な宇宙船であった。
「艦尾にある突起はスタビライザーだ。エンジンじゃない、レーザーの……だ」
サーマルとミケラは同時に驚き声を荒げた。
「改造商船?!」
「軍艦か!?」
「……私も設計図を見てなければ商船と区別がつかん。火星、特にチルターク社のモジュールに合わせて月で建造された仮装駆逐艦だ。サハラ内戦直後に計画が始まったが元帥が中止を命令したはずだったんだが……設計図通りに作られているのをみると」
彼は息を整えるために言葉を切った。他二人は固唾を飲んで二の句を待つ。
「軍の設計図が流出した。それとも元帥に従わない
乱雑とした部屋の中にドローンが移動する爆音が響き、それはいつまでも続くかと思われた。
*後書き
大尉も大佐も派手すぎる
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