第21話 閑話
間話 レニー・マニルドン
祖国から電車にのって数時間、私は希望の翼……国立宇宙船発射場に辿り着いた。かつて大衆から溢れんばかりの歓声と拍手を以て見送られた若きシャネル将軍が飛び立った地。若しくは血に濡れて帰ってきた地ともいえよう。
コンクリート造りの道はひび割れ、管制塔も心なしか草臥れているように見えたが、二年前に建て替えられたばかりでまだ新しい。人の往来はそれなり、最近ではポータブルが格段に進んだこともあってかスーツケースを持たない渡航者がいる。時代を感じるものだ。
私は着替えを少々持ち込むためにスーツケースだ。向こうでも洗濯できて柄を変えられるとはいえ、いつも同じ着心地はなれない。理由は定かではないが匂いはしない筈なのに匂いを感じてしまう。
それはさておき、ここに来たのには勿論わけがある。
ずはり月世界旅行をするためだ。
観光名所が多い月の表側ではなく、裏側の方を今回は巡る予定を組んできた。できれば親友のジルを誘いたかったのだが、彼は今執筆作業に勤しんでいてとてもじゃないが声をかけれない。鈴木は火星の店で手一杯らしく旅行などいけないと言われてしまった。仕方なく私一人、スーツケースをごろごろ転がして発射場にいる。
チルターク社製の宇宙船は安っぽいだけあって安い、だが私のような者は助かっているのも事実。できればボーイング社のカッコいい宇宙船に乗りたいと思ってしまうのが私の損なところ……きっと男子諸君ならわかってもらえるだろう。
ロビーで様々な処理を済ますと早速宇宙船に乗り込む。船内はメンデスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調がかかっていたが、誰も聞いていない。おそらく船長の趣味だ。実際、このあとはアイネクライネナハトムジークが流れ出した。
月に着くまで暇なので私は月の歴史について整理しておくことにして、古い端末を取りだすと隣席の若者から鼻で笑われてしまった。これまたセルナルガ社の安いコピー商品。もう十数年前に買ったものがそのまま現役だ。
まぁいい。機会があったら買っておこう。
ご存知の通り月は一度簒奪されかかった。ロッキー事件ともロッキー事変やロッキーの乱とか色々名前がついてるが全部一緒、歴史家の間で派閥が分かれてるだけだ。ちなみにジルはロッキー独立事変派だ。こうなってくるともはや幾つあるか誰も知らないのではないか?
宇宙海賊以外での戦闘は公式の上ではこれが初とされているのが一般的な見解だ。これまた派閥があるが面倒なので無視する。従来の陸戦兵器は一切使い物にならないため、ロッキー側の固定兵器がかなり活躍した。
驚くことに既知の海の戦いでロッキー対地球政府の損害比率は1対3だ。強固なシールドを使えたことが要因らしい。ロッキー側は逆に固定兵器でコアシールドごと撃ち抜き、接近してきたら肉薄してコアシールドを無力化した。銃弾は防げても剣は懐に入ってくるため防げないらしいが原理は科学者に任せるとする。
最も激しかったのがモスクワの海での戦い。大規模な装甲車同士の戦闘が行われ、今も戦争残骸として残っている。そこが私の目的地だ。
ホバー車、軌道車、車輪車。レーザー、ビーム、火薬、レール。あらゆる兵器の実験場みたいな戦闘が行われ、結果的に地球政府の容赦ない艦砲射撃でロッキー首相ごと吹き飛んだ。始めからそうしなよと思うなかれ、地球政府はできるだけ元の状態で取り戻したかったのだから。
そのせいで二万の兵士が命を落としたことについては非難の余地がある。補填は盛大に行われたが遺族は無理やり納得させられた人の方が多いらしい。火星企業にさっきの思惑がすっぱ抜かれたせいだ。
ジルが言うには、実験場みたいな戦闘はまさに実験場だという。
私は違うと思うがね。
チルターク社は当時、地球政府に自治権を訴えるのに必死、工業製品も質や量の面から劣っていた。それにどうやって月まで装甲車をプレゼントしに行く?今ではメージャーの運び屋がうじゃうじゃいるが、当時は違う。プロの運び屋は専ら美術品の輸送に精をだしていたはず。
結論がでないために私がこうして月の裏まで出向いているのも、旅行の理由に受け加えておこう。
それはそうとして不思議なのは、チルターク社の生産量がロッキー事件の前後で大幅に落ち込んでいることだ。想定外の大雨で設備が壊れたとチルターク社は説明しているが、数年も続くとは考えづらい。ブレンナット社との闘争を加味してもロッキー事件一年前が最も怪しい。
ジルは興味を持っていないが、私はある。
何かあったのだ。月簒奪事件が起こる一年前に火星で何かが。
もし、火星自治権の――
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