第15話

 雨の潜らぬ地下は異様に冷たかった。

 トルエとサリーナはブレンナットの社員が入っていった地下へ続く階段をおりて人を探し、加えて何をしている施設かを特定するのも任務とした。トルエは大佐へのお土産だと語ったが、サリーナにはその気持ちが一切ないことを見抜かれていた。


「冷凍庫にいるみたい……サリーナは何で暖かそうなんだ」


「インプラントです」


「うなぁ。私より改造してんじゃん」


 トルエは失った両脚を強化モジュールで補っており、脳には部隊と意思疎通を円滑にするための通信機器が埋め込まれている。サリーナは脳機能の強化、身体維持機能の強化とトルエとは違った方向に改造を施している。秘書をするためとはいえここまで弄くる人は地球で珍しい部類だ。


 二人はそれが無駄口と気付き、黙って零下二十度の空間を忍び歩きで進む。床には氷が張り滑りやすく、扉を見つけると凍って開かない。無理に開けると音が大きいため、二人は導かれるように冷気の霧中を前進する。


 火星では雨音が常に聞こえていたせいで無音の緊張感が久しぶりにじめじめと感じた。特にサリーナは実践経験に乏しくトルエの殺伐とした気配にすら圧倒されている。


 トルエもまた、サハラ砂漠に築かれた要塞の建築も指揮に似ている構造に冷汗を流し、それが固まって首を動かすたびに小さくパキパキと甲高い音が鳴った。


 腕の筋肉が委縮したまま動かなくなり始めたころ、通路の奥から氷を潰しながら歩いているような音が聞こえてきた。


「何人だ……」


 トルエは寒冷地で訓練を受けたことが無かったため、足音から人数を特定できない。しかも一本道、冷気が二人を覆い隠しているとはいえ近づけば見えてしまう。


 銃に触れると雨で湿気っていたことが原因で薄い氷の膜が張っていることが原因で、引き金を引いても暴発してしまう可能性が高くなっていた。内心舌打ちをするが、急いでナイフにレーザーナイフに持ち替えて飛び込めるように姿勢を変える。


「サリーナはそこで待ってて、私が気絶させる」


 心配の言葉か無茶をたしなめる言葉を選んでいる間に霧の向こうから女性の声が聞こえてきた。


「実験だ実験だって、被検体がなかったらできないのにさぁあ。課長ったら予算も申請しないんだからたまったもんじゃないよ。泣きわめくクズの処理してる身にもなって欲しいね」


 内容からして社員か戦闘員と推定し、サリーナは銃弾が飛んできたときに当たらぬよう冷たい床に伏せた。


「全くそんとおり。最近はメガシーのやつらが五番街で取り締まりしてるおかげでビビった奴らが巣から出てこないし、商売あがったりってやつかぁねぇ」


 もう一人、男性の声が聞こえた時トルエの両脚には不燃溶液が駆け巡り、真っ白になっていた義足が一瞬にして銀色の身を露わにする。

 隙間から見えるチューブは橙赤色に煌めき極小な爆発を起こす。


 疾風迅雷、音もなく急加速し影を置き去りにする。


 言葉の主たちは顔を覆う分厚いヘルメットを被っていたが、トルエはナイフの柄を加速に乗せて勢い良く振り下ろしプラスチックバイザーを粉砕する。

 吹き出物だらけの女性の顔が露わになると表情は衝撃にひどく歪んで陥没していく。トルエはまるでコマ送りのようにその様子を見ていた。


 義足、爆発的瞬間加速装置は短期間に脚力を一千馬力まで押し上げ、超小型エンジンを一千馬力まで押し上げる。

 男性が瞬きをした時間でトルエはすでに硬い機械化した拳をヘルメットに向けて放っていた。


 声を出すまでもなく壁にへこみを作って男性は床に突っ伏され、意識は壁を飛び越え体には残っていない。バイザーは打撃で変形し、おおよそ人の頭の形をしていなかった。


「……トルエ」


「はい……」


 サリーナは男性の首に手を当ててバイタルを計測する。


「まだ生きています。急ぎましょう」


 そのままトルエの返事を聞かずに走り出す。

 コアシールドの残量を腕に着いたデバイスで確認すると八割を切っており、この先にあるであろう障害を考えると急ぐ必要があった。


 通路に残されたのは溶けた氷と顔の変形した男女のみである。




 もう音を気にする段階ではなくなったため、手当たり次第に扉を壊して中身を確認すると用途不明の空の容器がいくつも見つかった。


「メージャーの容器でしょうか、似ています」


 白い息を吐きながらサリーナは言った。

 人面岩地方で転がっていた空容器に酷似しており、トルエも同じ意見だった。


「他の部屋も調べてみよう」


 銃の凍結をサリーナに溶かしてもらい、銃身に取り付けてあるダイヤルを回し発砲する。眩い閃光に目を細め、再び目を開けるときれいに扉が消失していた。


「こっちも同じものばっかりだ。でも中身がある」


 仄かに黄色に光るメージャー、ラベルには“高”と書かれている。しかしよく見るとさらに黄色の蛍光色の文字で“改”とも付け加えられている。白く凍結しているために文字が浮き上がったようだ。もし、この部屋に冷気が無ければ文字に気付かなかったかもしれない。


「トルエ大尉、これは地球で流通している高品質メージャーと異なるようです。そちらも同じですか?」


「あぁそうみたい。何を改良したんだか」


「ここに大量にあることはつまり消費しやすいことに他なりません。ここにヒントがあるのは間違いないかと」


 トルエは頷き、さらに通路の奥へ進む。

 すると、遂に凍っていない扉を発見した。


 二人は脳信号で確認を取り合うとゆっくりと扉を開けた。非常に重く、まるで軍船の隔壁のように厚く、高密度、本来は右隣にある装置を使って動かすのだろうが、トルエは一部機械化した腕の怪力によってこじ開けた。


「……ポット、それも大小」


「中には何かの溶液が入っていますね。調べますか」


「人を見つけよう。まだ連れられていた人を見てない」


「了解しました」


 そこには机、謎のポッド、様々な装置などエントロピーの大きい空間が広がっている。緑色の溶液が封入された試験管ほどの大きさから身長を遙かに超す大きなポッドがあり、机には種々の顕微鏡や紙が幾重にも重なっている。通路はそこで途切れているが、空間自体はさたに奥へ続いていた。


 二人はポッドの隙間を行き、果たして視界は狭いため耳と振動に神経を集中させる。機械音が雑多に聞こえてくるが、人の声は聞こえない。


 似たような光景が数分続く。


 どこまで続いているのか。トルエの首筋に一筋の汗が流れたとき、微かに人の声が耳に届いた。


「何をどっ!おい、急になんで!」


 それは大きめのポッドが並ぶ空間の向こう側から届いた。トルエとサリーナは小走りで移動し、声の元まで移動しようとした。

 だが、トルエは突然足を止めた。


 思わずサリーナは声を出そうとした刹那、一本の光が目の前を横切りポッドに突き刺さった。


「ジュリエナ!!」


 動けぬサリーナぼ体を乱暴に掴んですぐさまポッドの物陰に隠れる。撃たれたポッドに見ると完全に割れて中身が床に流れ切っていた。


「少尉、援護を頼む」


「っ!りょ、了解」


 サリーナはまるで狐に追われている小動物のようだった。身体機能を落ち着かせるためにノルアドレナリンが強制的に分泌され、アドレナリンと効力がぶつかり合う気持ち悪さを感じるが、訓練の甲斐あって懐から銃を取りだし一瞬で組み立てる


 義足を真っ赤に染め上げたトルエは狭いポッドとポッドの間を疾走しており、その目は大きく日開かれている。


「どこだ、どこだ」


 声の主はすでに頭が陥没して助かる見込みは無かった。彼は入口でみた一般人であった。

 トルエは射撃元を探り当てるも、当然ジュリエナもそれらしき人物はいない。


 巨大な発砲音が響き渡り、サリーナがいた場所からガラスが割れる音が聞こえた。


「早い!」


「久しぶり」


「はっ?!」


 もはや無意識に両足のリミッターを解除した。


 ジュリエナは赤熱したビームランチャーを床に放り投げており、トルエは罠だった悟り次なる一手を警戒する。


 数歩後退するとサリーナの援護射撃がジュリエナを貫いた。

 されどそれはホログラムだった。


 あざ笑うかのように口元を歪めるジュリエナは風のように消える。


「奇襲ね、ああ奇襲が上手だった」


 彼女の居場所が分からない以上、奇襲は断続的に行われる。トルエは数多くの戦場で培った直観を駆使し、リミッターが解除された足を行使する。


 サリーナには一瞬でトルエが接近するように見えただろう。もしくは地に足を付けず飛んでいる如く錯覚したかもしれない。


 ジュリエナ・ロンバルト。


 彼女の脳が最後に捕らえた景色は狐目で飛び込んでくるトルエだった。


「ぜぇ、はああ……こひゅ」


 首が遠くに去った死体の傍で大の字になる。義足がうんともすんとも動かず、立ち上がることすらできない。


「大尉、大丈夫……ではなさそうですね。いつ動けますか?」


「溶剤使い切ったから無理、なんか油ちょうだい……」


 眼は充血し、足は根元から沈黙、体も頭も震えている。

 トルエはジュリエナの死体を一瞥すると、頬から涙が転がってきた。


「やったぞ、みんな」


 口に涙が達し、それはいつもよりしょっぱい涙だった。


「油ですね、ちょうど零れてしまった溶液があるのでそれを注入しましょう」


「大丈夫なのそれ?」


「知りません」


 普段以上に冷たい彼女に感慨深い感情を抱いた。

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