第40話 幕間

 ター・ホンインは兄妹から渡されたメージャーを箱に丁寧に梱包し直しつつ誰かが来るのを待っていた。会議場はやはり円形に仕上げて十分な広さをもち、外から見えない程度に小さな小窓を付けているため閉塞感も和らいでいる。


「我ながら良いデザイン」


 図面と材料だけをキリヤに渡して全て丸投げだった。

 本人とその妻チャプタヤは疲れ切って会議場の隅で寝込んでいる。


「いい色」


 淡く黄色に光るメージャーは人間を誘う。もはや本来の使い道を知る人間は限られ、昨今ではメージャーよりも高性能なハッキングシステムが開発されて数少ない記憶も忘却の彼方にある。


 名の知れたスカベンジャーは暫くの間、メージャーを宝石のごとく扱ってうっとりと眺めていたが、会議場の入り口から横柄な足音が聞こえてきて止めた。


「サーマル、入るときはいってくれ」


 振り返った時にはすでにどっさりと椅子に構えるサーマルが眠りこける夫妻を憐憫を以てため息をついていた。


「仕方ねェ疲れてたんだ、農園寄ったらごたついてな……」


「あの爺さん?」


「ちげェな。闇商人だなありゃあ」


 ホンインは梱包を終えるとサーマルの隣に座る。


「変な武器に改造人間、金に商品案内まで付いてやがった。情報部から隠すの苦労したなァおい」


「はっはっ!感謝すべきだよ、クラムリンのとこが使えなくなったんだからさ、少しでも戦力が必要なんだし」


「グリードのやつも合わせたてももう手遅れだがなァ」


 ホンインが頭をひねりだしたのでサーマルは長ったらしい説明を省いて地球と権力闘争を結び付けた。


「へぇ、そう」


 中流階級でも上流階級でもないため興味は持てない。サーマルは呆れて再び眠るキリヤを見た。


「そういやァウィドットはどうした、ハナソンの手先だったろ」


「クラムリンと言い争いになって投げ捨てちゃった」


 マリネリス峡谷の川に落ちたら助かる人間はいない。いたとしたら人間ではない。


「クラムリンが死んだのはハナソンの報復か」


 言葉とは裏腹にサーマルの顔は酷く穏やかだ。


「いんや、ケッセレン・ブルーメっていうチルタークの情報部」


「なんか聞いたことあるなァ……まぁいい。大事なのは使える駒の数だ」


 サーマルは険しい表情に直してター・ホンインに向き直る。

 自然と彼は居ずまいを正した。


「もう時勢は……憎いがチルタークだなァ。どうする、ター。お前はここで降りてもいい人間だ」


「恨めしいことをいうね、サーマル」


「要は、このせっまい寄り合い程度じゃ復讐も、為すべきことも為せないってことだァな」


「前々から思ってたよ。クラムリンだって感じてたはずだよ。僕たちは矮小すぎるって。それでもできる限りのことはやってきたじゃないか」


 まるでホンインはサーマルを剥げますように言った。


「すまねェ。俺が弱いばかりに」


「変わったね。爺さんと話してた時はもっと威勢がよかったじゃないか」


「……そうかァ?」


「ああ、まるで、そうだな……守りたいものでも出来たみたいだ」


 ター・ホンインとサーマルが出あって初めて、大きく眼を見開いた。サーマルは必死にそれを否定する言葉を脳裏に浮かべては消し、浮かべては消していくが、ついに無言の空間が会議場に訪れた。


 サーマルは口元を抑えて小さく違うと連呼するが、記憶に浮かんでくるのは巻き込んだ兄妹とキリヤ夫妻の顔だ。


「僕はついていこう。地球の大佐と縁が出来たんだし、僕たちが犠牲になればサーマルの願望も多少叶えてくれるよ」


「…………ター」


「君は奪った命の方が多いかもだけど、救った命もけっこうあるんだ」


 彼は大量にメージャーが入った入れ物を抱え、会議場を後にしようと扉に手を掛ける。


「キリヤはいい人だね、なんかさ、毒されたよ」


 小窓からぱらぱらと、雨の音が聞こえるだけだった。

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