15(2024.3.25)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返そうと手を伸ばして、ふと、気が変わりました。代わりに本棚をざっと眺めると、そこから一冊、手に取りました。

『なぞなぞ事典』表紙にはそう書かれています。たまには勉強しないとね。

 サムは『なぞなぞ事典』の適当なページを開きました。すると、ページから埃混じりの煙がもくもくと湧きたち、部屋中を灰色で満たしました。

 襲い来るくしゃみと咳の発作がどうにか治まったあと、目の前には見慣れない獣が一頭。獅子の身体にヒトの顔。かつてエジプトで猛威を振るったとされるスフィンクスです。

「私が謎を出してやろう」スフィンクスは言いました。「ただし、間違えたら貴様を喰う」

 結構です。サムは慌てました。謎は間に合ってます。そうだ、そもそも、なぞなぞで遊ぶつもりではなく、図鑑を読もうとして間違ってこの本を手に取ってしまっただけなのです。

「間違って、と言うたな」スフィンクスの眼と牙と、ついでに涎がぎらり。「ならば喰う」

 間違ってなどいませんとも。ちょうどなぞなぞを解きたい気分でして。ははあ、と平伏。

「よかろう。では謎を出す」居住まいをただすと、「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何ぞや。制限時間は一分」そう告げると、首から下げた逆時計を読み上げ始めました。

「六十、五十九、五十八……」

 サムは頭を抱えました。脳みそをぎゅっと雑巾みたく絞っても、出るのは冷たい汗ばかり。

「六、五、四……」いよいよ追い詰められたサム。このまま黙って喰われるよりはと、

 正解はハニャパッパだ。そう答えました。

「ハニャパッパ?」スフィンクスは形のよい眉を一瞬ひそめ、すぐに冷笑しました。「何かと思えば口から出まかせとは」ぐわりと口が耳まで裂け、血染めの舌がサムへと伸びます。

 出まかせじゃない。サムは早口で遮りました。本当にいるんだぞ。足の本数が時間経過とともに変化し続ける、全身毛のないハニャパッパはこの世に実在するんだ。

「馬鹿馬鹿しい。全能たる私に知らぬものなどあるものか」

 じゃあ、お前は全能じゃないんだ。やいやい、この自称全能やい。挑発するサムに、

「さようなわけがあるか」ついに激昂したスフィンクス。「ならば、そのハニャパッパとやらをここに連れて参れ。制限時間は明朝まで。五万九千七百、五万九千六百九十九……」

 わかった。必ず連れてきてやる。サムは堂々と宣言しました。

 子供部屋を出て、扉を閉めて、玄関めがけて一目散。嘘吐き一匹、いざ逃げん。

 ですが、玄関を開けると、そこにはぶよぶよした生き物が佇んでいました。サムと同程度の大きさで、体毛はなく、緑色の皮膚には無数の深い皺が刻まれています。いやにすらりとした二本脚の間では、いかにも成長途上といった風の不格好な三本目の脚がじたばた蠢き、

 ハニャパッパァ。パラノイアに罹ったラッパのような声で鳴きました。

 それは呆然とするサムの脇をすり抜けると、ハニャハニャパッパと階段を駆け上がって消えました。二階から悲鳴と、どたばた音がしばらく聞こえ、やがて静かになりました。

 夜。お母さんが洗い物をしている時、サムはリビングで『なぞなぞ事典』を開きました。

 スフィンクスが出題した例のなぞなぞ。解答を見ると、「人間」と印字されています。

 ただ、その横には悔しげな手書き文字でこう書かれてもいました。「ハニャパッパでも可」

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