50(2024.11.30)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこからパチンコをひとつ、手に取りました。Y字型をした棒の先端に一本のゴム紐が繋がれており、そこに玉を引っかけて飛ばす、あのパチンコです。

 鉛色に輝くパチンコ玉をポケットに詰めたサムは、的を探しに窓から飛び立ちました。

 朝の陽射しの下、花子は全力疾走していました。新学期早々、学校に遅刻しそうなのです。バタートーストを咥え、髪やリボンが乱れるのも構わず、校門めざしてまっしぐら。

 ところで、この町の通学路には、衝突事故が多発することで悪名高い曲がり角がありました。その角から勢いよく飛びだした花子の目の前に、反対側から猛進してきた男子が!

 平穏な朝の空気を鈍い打撲音が震わせました。尻もちをついた花子が目を開けると、そこには地面に伏した男子が。「だ、大丈夫?」声を掛けるも返事はありません。恐る恐る近づくと、こめかみに穴が空いているではありませんか。そこから零れるトマトのジュース。

 こいつはしくじった。カーテンレースを体に巻き付け、頭に蛍光灯の輪を浮かべた見習いキューピッド=サムは、手の平で自身の額をぺしんと叩きました。あの若い男女にタイミングよくパチンコ玉を当てて恋に落とすはずが、勢い余って殺してしまったのでした。

「あ、あれは何?」電柱の上のサムを指さして花子が叫びました。「ま、まさかあいつが」

 こいつはまずいなあ。サムはパチンコを地上の花子に向けて構えました。口封じ、口封じ。

 大慌てで逃げる花子と、その後を追う無数のパチンコ玉。玉はターゲットをことごとく掠め、代わりに命中した近くの生物/無生物をたちまち恋に墜としました。散歩中の老人と犬、主婦と郵便ポスト、解剖台上のミシンと蝙蝠傘などが町中でいちゃつき始めました。

 ついに無傷のまま、花子は校舎内まで逃げ込みました。昇降口の扉を閉めるとき、グラウンドを挟んだ校門の外で、件の天使が所在なさげに浮かんでいるのが見えました。学生証を持っていないからか、学校の敷地内にまでは入ってこれないようです。のんびりした始業のチャイムを聞きながら、花子は誰もいない下駄箱にもたれて安堵の息を吐きました。

「だから、本当に天使が男の子を撃ち殺して、私のことを追ってきたんです」

「可哀そうに、受験勉強で根を詰めすぎたのが原因ね。少し休んではどう?」

 懸命に訴えるも、まともに取り合ってもらえないまま、花子は保健室を後にしました。廊下の窓から眺める校門には、天使の影もかたちもありません。あれが幻覚だったなんてありえないのに、なんだか狐に抓まれた気分で、朝からどっと疲労感を覚えてしまいました。

 疲れとともに催すもののあった花子は、教室より先に女子便所へと向かいました。一番奥の個室に入り、スカートを下ろして便座に座り、下半身に力を籠める花子。その真下の水溜まり、ひいては排水管から音もなく現れたのは、幼子の手とY字の棒。

 下から排出するより早く、花子の喉から鉛色の玉が勢いよく飛び出しました。

「ねえ、知ってる?」「なによいきなり」「この学校で昔、生徒が変死したって噂」「知らない。変死って?」「便所で死体が発見されたんだけど、肛門から口までを一直線に撃ち抜かれてたんだって。で、銃も弾も見つからなかったって」「気味が悪いわ」「そうでしょ」「そんな話を便所の個室越しにしてくるアンタが、よ。……いや、ていうか、誰よアンタ?」

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