51(2024.12.2)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからパチンコをひとつ、手に取りました。Y字型をした棒の先端に一本のゴム紐が繋がれており、そこに玉を引っかけて飛ばす、あのパチンコです。
鉛色に輝くパチンコ玉をポケットに詰めたサムは、的を探して窓から飛び立ちました。
小鳥が歌う空の下を、太郎は駆けていました。新学期早々、学校に遅刻しそうなのです。チーズトーストを咥え、学ランの前が開いたままなのも構わず、校門めざして猛ダッシュ。
さて、この町の通学路には、衝突事故が多発することで悪名高い曲がり角があります。その角から勢いをつけて飛びだした太郎の目の前に、反対側から突っ込んできた女子が!
鈍い衝撃、羽ばたく小鳥たち。尻もちをついた太郎が目を開けると、そこには地面に仰向けた女子が。「だ、大丈夫?」声を掛けるも反応はありません。恐る恐る近づくと、眉間に穴が空いているではありませんか。そこから溢れるイチゴのジャム。たかる蟻の行列。
なんてこったい。ベッドシーツを体に巻き付け、頭にドーナツを浮かべた見習いキューピッド=サムは、天を仰いで嘆息しました。あの若い男女にタイミングよくパチンコ玉を当てて恋に落とすはずが、ついうっかりと殺してしまったのでした。
「あ、あれは何だ?」信号の上のサムを指さして太郎が叫びました。「ま、まさかあいつが」
み~た~な~。サムはパチンコを地上の太郎に向けて構えました。お命ちょ~だ~い~。
全速力で逃げる太郎と、その後を追う無数のパチンコ玉。玉はターゲットをことごとく掠め、代わりに命中した近くの生物/無生物を激しい恋に墜としました。老人と海、メルシエとカミエ、部屋とYシャツと私などが所構わずいちゃつき始めました。
ついに無傷のまま、太郎は校舎内まで逃げ込みました。校門の向こうでは、件の天使が髪を掻き毟っています。どうやら学校の敷地内には入れないようです。間延びした始業のチャイムを聞きながら、太郎は誰もいない廊下にうずくまって乱れた息を整えました。
「だから、本当に天使が女の子を撃ち殺して、僕のことを追ってきたんです」
「可哀そうに、受験ノイローゼで神経が参ってるのよ。休んだほうがいいわ」
熱心に訴えるも、ろくに取り合ってもらえないまま、太郎は保健室を後にしました。廊下の窓から眺める校門には、天使の影もかたちもありません。あれが妄想だったはずがないのに、なんだか狸に化かされた気分で、朝からぐったりしてしまいました。
そこで唐突に催した太郎は、教室より先に男子便所へと向かいました。一番奥の個室に入り、ズボンその他を下ろして便座に座り、下半身に力を籠める太郎。その真下の水溜まり、ひいては排水管から音もなく現れたのは、幼子の手とY字の棒。
発射された鉛玉は、しかしサッカーで鍛えられた大臀筋に阻まれ、便器の内側で忙しなく跳ね回りました。驚いて引っ込む天使の手。引っ込む便意。そして立ち上がった太郎が見たのは、これまで出会ったどんな女の子よりも可憐な、純白に輝く肌をもつ便器の艶姿でした。膝が汚れるのも構わず床に跪き、愛し其方のくびれた腰を両腕で優しく包む太郎。
それから太郎は、健やかなるときも病めるときも、生涯をその個室で妻とともに過ごしました。死んでも便器を離さなかったそうです。
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