52(2024.12.14)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからぬいぐるみをひとつ、手に取りました。もこもこの毛皮が愛らしい、仔ペンギンのぬいぐるみです。ペンギンは、好奇心旺盛な瞳で室内をきょろきょろ見渡すと、短い脚をばたつかせて探索を開始しました。
ペンギンは、カーペットの上を転げまわりました。キャッキャと嬉しそうに鳴きました。
ペンギンは、一冊の絵本を見つけました。表紙には空を飛ぶカモメが描かれていました。
ペンギンは、クローゼットの鏡と向き合いました。ちっぽけな翼の鳥が映っていました。
ペンギンは、窓際に寄って空を見上げました。目が眩むほどの高みにそれはありました。
ペンギンは、サムの足元まで戻ってくると、こう言いました。「ぼく、そらをとびたい」
いいだろう。ペンギンを抱えて、サムは一階の台所に向かいました。そこにあるのは無数の冷蔵庫。白、黒、黄色。直方体、円錐、四次元超立方体。金属製、木製、培養肉製。
あらゆる時空の冷蔵庫がここに集まっているんだ――家電の森を歩きながら、サムは手近にあったステンレス製の冷蔵庫を開け、甲虫の脚が生えた石鹸を取り出しました。つまり、あらゆる時空の食材を調達できるってこと――差し出された石鹸をペンギンは食べ、すると全身が激しく泡立ちました。サムの腕からヌルリと落ちて、床を腹ばいに滑るペンギン。どこかにきっと、空を飛べるようになる食材もあるはずだ。それを探そう。
棺形の冷蔵庫から出てきた白骨を食べると、ペンギンの表皮が骨の鎧で覆われました。
燃えさかる冷蔵庫から出てきた消防士を食べると、ペンギンは口から炎を吐きました。
鼻の長い冷蔵庫から出現した象を食べると、ペンギンはジョークが達者になりました。
けれども空を飛べるようにはならず、サムは次のプランに移行することに決めました。
「空を自由に飛びたいかー!」「おー!」世界ペンギン王決定選手権会場は、優勝賞品である《カモメの羽》目当てに集まったペンギンとそのトレーナーで溢れかえっていました。
「今年こそ俺たちの優勝で決まりだゼ!」パンク・ファッションの少年とフライングVギター型のペンギンが吠える傍ら、「まったくこれだから野蛮人は。優勝は私たちが頂きますよ」紳士服姿の青年とティーポッド型のペンギンがチェアに座ってクッキーを食べ、「仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」瘦せこけた僧侶と木魚型のペンギンが無心で経文を唱えています。
第一関門『南極氷上チキチキ猛レース』を、(中身が凍って動けないティーポットをよそに)泡状の表皮で華麗に滑り抜け、第二関門『自由奔放型クレー射撃』を、(超音波の出し過ぎで弦が切れたフライングVを横目に)細かく砕いた骨を噴射して見事命中させ、第三関門『大乱闘・リング・デスマッチ』を、(早々に蹴り飛ばされた木魚を尻目に)四方八方に炎を吹きまくることで勝利し、最終関門『スベらない漫才グランプリ』も佳境に達したその時、戦車型ペンギンが多数乱入、「我ら、秘密結社ランカク団。《カモメの羽》はいただいてゆく」「そうはさせねえゼ!」「やれやれ、無粋な方々だ」「無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦……」白熱する正義VS悪の戦いは、やがて《カモメの羽》に隠された力、そして大会の真の目的を明らかにし、海は荒れ狂い、少女は涙し、並行宇宙は直交し、誰もが奇跡に一縷の望みをかけるなか、サムのペンギンはこう言いました。「ぼく、おなかすいちゃった」
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