53(2024.12.16)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返そうと手を伸ばして、ふと、気が変わりました。リビングへ向かい、テレビを載せている棚の中身をざっと眺め、一本のビデオを手に取りました。

 ビデオのタイトルは、『こども教育ドキュメンタリー 赤ちゃんはどこからくるの?』。

『はるか昔から、赤ちゃんはコウノトリが運んできました』ナレーションに乗せて、南の青空を飛ぶ一羽のコウノトリの映像。海辺の家屋に舞い下りて、嘴を小刻みに打ち鳴らす。家から出てきたのは褐色肌の若い女性。来客の姿を見て顔をほころばせ、受け入れるように両腕を広げる。そこをめがけてコウノトリが勢いよく吐き出したのは、つぶらな瞳の赤ちゃん。

『赤ちゃんが欲しい人は、男の子なら奇数匹、女の子なら偶数匹の生魚を、串に刺して天井に掲げるのが習わしでした。それを目印にコウノトリが訪れ、赤ちゃんを運んできた対価として生魚をお腹いっぱい食べるのです。これを共生関係といいます』

『では、コウノトリは、どうやって赤ちゃんを用意しているのでしょうか? 彼らの仕事を覗いてみましょう』絶海の孤島。その中心にある湖に飛来するコウノトリの群れ。各々、嘴に咥えた丸い粒を湖中に落として飛び去る。十月十日後、再び群れが湖にやってくると、ヤシの実に似た塊が水面を覆い尽くさんばかりに浮かんでいる。湖底と結びついた茎から実を切り離し、岩にぶつけて割るコウノトリ。実の内側には親指をしゃぶる赤ちゃんが。

『コウノトリが落とした粒は、《仔胤》と呼ばれる植物の種です。電解質などを特定の濃度で含む水中でのみ発芽し、人間の実を作ります。発芽条件を満たす湖は人類の住めない土地にしかないため、彼らの協力が必要不可欠です。幸いにも、赤ちゃんと一緒に実に含まれている新たな《仔胤》は彼らの好物でもあったので、人類は今日まで絶滅せずに済みました』

『このように、優れた共生関係を築いてきた人類とコウノトリですが、現在、そのバランスは脅かされています』曇天の空を飛ぶ一羽のコウノトリ。均一なコンクリートの家が建ち並ぶなか、串刺しの生魚を掲げた建物をようやく見つけて地上に舞い下りる。それと同時に響く、乾いた銃声。白地に赤く染まる胸。路地裏に潜んでいた男たちが、瀕死のコウノトリに駆け寄る。柔らかな腹をナイフで縦に裂くと、なかには丸々と太った赤ちゃんが。

『技術の進歩に伴い、利益の最大化が追及されてきました。自然調和の感性を失った人類が、魔の手を生命の誕生にまで伸ばすのは必然でした。両親の元に届く前に、赤ちゃんを文字通りの意味で取り上げ、独占したそれらを高値で売買しだしたのです』都市の中心に屹立する《出生局》のタワー。その各階では、人種や性別、将来予想される外見や知能に基づいて分類された赤子らが、保存液に浸かって購入される日まで眠っている。昼夜を問わず、タワーを取り囲んでは抗議の声を挙げる貧者の群れ。手足の本数や目鼻口の位置、あるいは筋骨や内臓に著しい異常を抱えた群れ。『形質異常の赤ちゃんだけが比較的安価で貧しい人に売られ、貧しく成長した彼らが買えるのもまた、そうした赤ちゃんだけなのです』

《出生局》のゲートが開いた。殺到する貧者。しかし、現れたのは巨大なブルドーザー。前列の人々が蒼褪めて立ち止まろうとするも、津波めいた後続の勢いに押し流されてしまう。

 ブルドーザーを運転するハンサムな男は、純白の羽毛で作られた服を着ている。

「どうしたの、そんなに怯えて……人類が植物?……ふふっ、そんなわけないじゃない……えっ、じゃあ赤ちゃんはどこから来るのかって?……あー、それはね、えーと、うーん……」

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