34(2024.8.5)
「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。
家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。
さあ、何をして遊ぼうか。
サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。
そこからシャボン玉セットを手に取りました。先端に輪の付いたバブルリングと、ストローのような吹き具、それからシャボン液を入れる容器の三点セットです。
風呂場にて、お湯をはった洗面器に少量の削った石鹸を加えて混ぜ混ぜ。シャボン液ができあがりました。試しにバブルリングを浸してから軽く振ると、生成されるシャボン玉。天井まで飛んだそれが壊れて消えた時、サムと道具一式の姿もまた消えていました。
少女は路地に立っていました。細腕には大きすぎるバスケット。通りがかる人へ、
「マッチは、マッチはいかがですか……」懸命に声を掛けるも、誰も買ってはくれません。きっと、今日もまた一個も売れず、罰として折檻されるのでしょう。少女は深い溜息をついてその場にうずくまりました。背後の換気窓から漂う、温かな空気と美味しそうな匂い。
そこに混じって、客らしき家族の笑い声が聞こえた時、少女の中の糸がふっつりと切れました。箱から抜いたマッチ棒に火を点け、換気窓目掛けて投擲しました。
ですが、それは割り込んできたシャボン玉に包まれ、空高く昇ってゆきました。ぽかんと口を開けて見上げる少女の傍らに、いつの間にか少年が立っていました。
火遊びはいけないな。吹き具をパイプのように咥えて、サムはそう言いました。
町の中央にある巨大な町役場。看板に劇画調で描かれた強面の笑顔。それと同じ顔の男が、最上階の町長室で、机に土足を投げ出して昼間から飲んだくれていました。
町長は、我が人生の順風満帆さ――前町長の下に産まれ、権威主義の下に君臨し、法治主義を恣意的解釈の下に運用してきたこと――を肴にワインを飲むのが日課でした。反抗してきた者はみな、自慢の拳銃の練習台にしました。男はすべて彼の奴隷であり、女はすべて彼の娼婦でした。最近始めた、孤児を施設に入れて日夜タダ働きさせる事業も軌道に乗っており、彼は絶頂期にありました。正しく、それが彼の絶頂期だったのです。
取ろうとした栓抜きが、指をすり抜けて宙に浮きました。それが天井のシャンデリアに当たって壊れて消えた時、開け放たれた扉の先にはふたつの小さな人影が。
「何者だ」町長は怒鳴ると、返答も待たずに腰のホルダーから拳銃を抜いて連射しました。
しかし、人影は倒れません。弾はみな、シャボンに呑まれて無力化されました。
名乗る程の者ではないさ。それだけ言って、シャボン玉セットを両手に構える少年。
「少しはやるようだが」町長は不敵に笑いました。「貴様はここで死ぬのだ。なぜなら」
その瞬間、何かが天井を突き破り、シャンデリアを破壊した末に町長の頭に着弾しました。それは、路地裏で少女が投げたマッチ棒でした。天高く昇り、大気圏外で弾け、隕石よろしく豪火をまとって落下してきたマッチ棒が、少女の悲しみを脳天ごと打ち砕いたのでした。
接近するいくつもの靴音。増援が来たようです。サムは窓際まで行き、巨大なシャボン玉を生成しました。少女を乗せて軽く押すと、シャボン玉は風に乗って浮遊しました。
「絶対また会おうね」少女が叫びました。「そうだ、ひとつだけ教えて。あなたの名前は?」
名乗る程の者ではないさ。それだけ言って、サムは廊下の群衆に向けて武器を構えました。
お母さんは、返却し忘れていた西部劇のビデオをサムの部屋で見つけました。
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