7(2024.1.29)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから、ぬいぐるみを一つ、手に取りました。両手に黄色いシンバルを持った、野性味溢れる顔つきをしたサルのぬいぐるみです。

 スイッチを入れると、すぐさまサルはシンバルを鳴らし始めました。勢いが強すぎるのか、あぐらをかいた姿勢のままで床をずりずりと動き回ります。

 あ、カーペットに引っかかって転びました。目と歯茎を剥いて遺憾の意を示すサル。

 サムは、サルをそっと起こしてあげました。目と歯茎を剝いて感謝の意を示すサル。

 シンバルのリズムに合わせてしばらく手拍子を打っていたサムですが、次第に腕が疲れ、掌も痛くなってきました。ここらでいったん休憩でもどうだい、と問いかけると、

 シャン。サルはシンバルを一回だけ鳴らしました。肯定の意です。

 台所に行くと、ちょうどよい具合にバナナがありました。「おやつを食べてもいいけど、お腹一杯にはならないようにね。夕飯はグラタンよ」お母さんの言葉が脳裏に浮かびます。

 Q:バナナはおやつにはいりますか?(一〇点)

 A:いいえ、べつばらです。

「正解、と」先生は答案用紙に丸を描きました。それから、丸の中心付近にぽつぽつと小さな点を描き加えました。バナナの断面図です。先生は、マグカップに残ったコーヒーを飲み干してから、夜の職員室で一人呟きました。「この子は将来、きっと大物になるぞ」

 バナナを丸々一房抱えたサムが子供部屋に戻ると、サルが嬉しそうにシンバルを叩きながら寄ってきました。慌てない慌てない、一齧り一齧り。サムはバナナを一本、皮を剥いてあげた上でサルへと差し出しました。両手で受け取るサル。

 シャン。バナナはシンバルに挟まれて潰れました。目と歯茎を剥いて悲嘆の意を示すサル。

 仕方がないな。サムはもう一本、新たに皮を剥いてからサルの口元へと差し出しました。いいかい、シンバルを動かしちゃ駄目だからな。そのまま齧るんだぞ。

 サルは神妙な面持ちで、肯定の意を示しました。

 シャン。バナナはシンバルに挟まれて潰れました。目からは涙、歯茎からは涎を流すサル。視線の先には残りのバナナが。

 これ以上はあげないからな。まだ無傷のバナナを胸に抱えて注意すると、

 シャンシャン。サルはシンバルを二回鳴らしました。

 駄目だ。シャンシャン。駄目だってば。シャンシャン。このきかんぼう。シャンシャン。

 とうとう痺れを切らしたサルが、シンバルを凄まじい勢いで叩きながら迫ってきました。

 逃げるサムと追いかけるサル。一人と一匹は部屋の中をぐるぐる回りました。

 後ろを振り返ってサムが叫びます。そんなに欲しけりゃくれてやる、これでも喰らえ。

 サルは、サムが放り投げたバナナの皮に滑ってすっ転び、そのまま動かなくなりました。おそるおそる近づいて確認すると、どうやら転んだ拍子にスイッチが切れたようでした。

 その晩、サムは夕飯のグラタンを少しだけ、こっそりサルに分けてやりました。

「今なにか、シャンって、シンバルみたいな音がしなかった?」「気のせいだよ」

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