8(2024.2.5)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから、布製の重たい袋をひとつ、手に取りました。紐で括られた口を開けると、中には積み木がみっしり詰まっています。球に三角、四角に円柱と、実に様々な形をしています。

 あたかも満員電車のように、窮屈な姿勢でひしめく積み木たち。「押すなよ」「圧すなよ」「「そっちこそ」」と互いを罵っています。息苦しさに耐えかねた正方形の積み木がふと頭上を見ると、あれま、ぽっかり開いた空と、こちらを見下ろす少年の顔。

「誰だが知らんがそこの方、ちょいと私を助けてくれえ」長方形の声に、周りの積み木たちも頭上で起きた変化に気付きました。「我も」「我も」「と」「助けを」「求め」て叫びます。

 サムは頷きました。ちょっと揺れるけど我慢して。袋を抱え、エイヤッと逆さにしました。降車アナウンスが「次は、子供部屋、子供部屋。お出口は下側です」と告げました。

 外の世界めがけて押し寄せる積み木たち。

 ですが、どういうことでしょう。誰ひとつとして落ちてはきません。不思議に思ったサムが、袋を目線の高さまで頑張って持ち上げると、

「押すなよ」「圧すなよ」「「そっちこそ」」全員が真っ先に外へ出ようとした結果、詰まって身動きが取れなくなっていたのでした。

 腕が疲れたサムは、袋を元の向きに戻して床に置きました。助けを求める声はさっきよりも大きくなっています。どうしたものかね。サムは頭を捻ります。そして閃きました。

 ところで、袋の中にはひとつだけ、不良品の積み木が入っていました。彼は、本来ならばごくありふれた長方形となる予定でしたが、角のひとつが欠けた状態で産まれました。そのため、他の積み木からいつも馬鹿にされて育ちました。すっかり不貞腐れた彼は、やがて万引きや置き引き、客引きやポン引きといった非行に走るようになりました。

 そんな欠け積み木ですが、一度だけ、人助けをしたことがあります。ある晩、路地裏をぶらついていた彼は、一本の紐に出会いました。その紐は、帯に短し襷に長しといった中途半端な寸法で、適切な長さをもつ他の紐たちの手でごみ箱に押し込められようとしていました。考えるより早く、欠け積み木はその紐を救出しました。いじめっ紐たちが逃亡がてらに吐いた捨て台詞をごみ箱へ放り込み、彼は黙ってその場を去りました。背後で半端紐が何か言っているようでしたが、立ち止まることも、振り返ることもしませんでした。

「僕、あの時助けてもらった紐です」目の前に垂れてきた紐を、欠け積み木は信じられない思いで見つめました。「あの後、生まれ変わったつもりで努力して、とうとう袋の口を括る紐に就職できたんです。でもまさか、あなたがいる袋だったなんて。これも運命でしょうか。さあ、早く僕に掴まって。そして出口まで登ってください」

 捻くれ者の欠け積み木でしたが、この時ばかりは自然と紐の言葉に従っていました。

 手を動かすたび、まばゆい光を放つ出口が近づいてきます。あとちょっとで袋のふちに手が届くという時に、ああ、どうしてでしょう、彼はうかつにも下を見てしまったのです。そこでは他の積み木たちがずらりと列をなして紐を登っており、慄いた彼はとっさに……。

 その後どうなったのかは、くだくだしくなるので略します。ありふれた結末ですからね。

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