9(2024.2.12)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊「そうそう、ひとつ言い忘れていたわ」お母さんが戻って来ました。「帰ってくるまでにお部屋を掃除しておきなさいね」

「掃除しなくてもきれいだよ」サムは部屋の壁を人差し指でスーッとなぞり、指の腹を見せて抗議しました。「ほら、埃ひとつない」

「これを見てもそう言えるかしら?」お母さんは床を人差し指でスーッとなぞりました。指の腹を見せると、そこにはビスケット由来の食べかすが点々と。「汚いお部屋じゃ気持ちよく過ごせないし、病気になるかもしれないのよ。ちゃんと掃除したら遊んでいいから、ね?」そう言って掃除機を子供部屋の前に置くと、お母さんは今度こそ買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配がないとは言いがたい、不自由な身です。

 サムは掃除するのが好きではありません。まあ、無理からぬことではありますよね。

 サムは廊下の掃除機と向き合いました。子供でも扱いやすい、小振りな掃除機です。

 サムは優しい声で語りかけます。「ああ、掃除機くん、君はかわいそうな奴だなあ!」

 掃除機が長い首を傾げます。「どうしてだい?」

「だって、きみは埃とか食べかすとか、ひどい時には蜘蛛の死骸とか、そういうものばかり毎日のように食べさせられているのだもの」

「そうでもないよ」掃除機が答えます。「埃も食べかすも、意外と味わい深いものさ」

「僕はね、いつも相手の立場でものを考えるように心がけているんだ」構わずサムは続けます。「僕が掃除機だったとして、たかだか部屋を綺麗にするためだけに床の汚れを食べなくちゃならないとしたら? 口の中に蜘蛛の死骸が入ってくるとしたら? 絶対に嫌だ!」

「蜘蛛はごちそうだよ。吸い応えがあって、キミたちが言うところの珍味みたいなものさ」その味を思い出してか、ふんふんと口から息を漏らす掃除機には依然として構わず、

「いつもお母さんに虐げられているのを止められなくてごめん」サムは頭を下げました。「だけど、今日の僕は一味違う。何があっても君を助けることに決めたんだ。君を苦しめる掃除なんて、僕が無視してあげる。掃除をしない僕に新しく生まれ変わるんだ!」高らかに、かつ一方的に宣言すると、サムはすっくと立ちあがって部屋の扉を閉めました。

「ちょっと待ってよ……」鍵も掛けると、掃除機の声はまったく聞こえなくなりました。

 静かな子供部屋で、ほっと一息ついたサム。ですが、床に落ちた食べかすが視界に入ると、やっぱり不安にもなります。鬼神と化したお母さんの顔が浮かびました。母がこわい。

 でも掃除は面倒くさい。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから、輪になった紐を一本、手に取りました。あやとり用の真っ赤な紐です。結び目の部分がごくわずかに膨らんでいる以外は、普通の紐よりも滑らかな指触りをしています。

 紐を両手の指にかけ、スイスイスイと操れば、あっという間に箒が完成しました。

 形が崩れないよう注意して、スイスイスイと操れば、あっという間に掃除が完了しました。「多分、埃ひとつない!」

「これを見てもそう言えるかしら?」お母さんは床を人差し指でスーッとなぞりました。指の腹を見せると、そこにはビスケット由来の食べかすが点々と。母がこわい。

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