6(2024.1.22)

「それじゃあ、お留守番よろしくね。サム」そう言って、お母さんは買い物へ出かけました。

 家の中にはサム一人だけ。怒られる心配のない、自由の身です。

 さあ、何をして遊ぼうか。

 サムはおもちゃ箱をひっくり返しました。沢山のおもちゃがやかましく音を立てて床に散らばります。どれも自慢のお宝です。

 そこから、ダーツセットを一式、手に取りました。先端が吸盤になっている子供向けのダーツです。プラスチックのケースにお行儀よく収まっています。

 ダーツボードをどこに設置しようか。見渡すと、壁から剥製の鹿がにょっきりと顔を出しています。サムは、あたかも首飾りのように、ダーツボードをそれに掛けました。

 ケースから赤いダーツを一本抜き取って構えます。焦点を合わせて、慎重に。サムの指を離れて水平方向に落下したダーツは、鹿の鼻先へと綺麗に貼り付きました。五十点。

 赤鼻のトナカイだ。サムの口から率直な感想が漏れるやいなや、

「無礼者」鹿がすかさず抗議してきました。「他人様の、鹿様の頭をピン同然に扱うばかりでなく、言うに事欠いてトナカイとは何事か」興奮して唾をそこら一帯に飛ばしています。

 ごめんなさい。サムは頭を下げ、それから二本目を構えました。次は当てませんから。

「待て」鹿の静止も虚しく、放たれたダーツは唇に命中しました。六点。ちょっと残念。

「待てと言ったのが聞こえなかったのか? お前の耳はトナカイの耳なのか?」鹿が悪態を吐くたび、上下に揺れる二本のダーツがくちばしのようにぶつかってカンカン鳴きます。

 サムは黙ってダーツを投げました。鹿の眉間にクリーンヒット。六十点。おめでとう!

「この邪なる鹿殺しが。一体全体、どうしてこんな真似ができるのか」糾弾する鹿に、

 それはお前が泥棒だからだ、とサムが鋭く指摘しました。この部屋には鹿の剥製なんて元々なかった。お前は偽物だ。

「ばれちゃあ仕様が無い。退散だ」鹿はそう言うと首を引っ込めました。床に落ちたダーツボード。壁にぽっかり開いた穴の向こうで、パカパカと蹄の遠ざかる音がしました。

 ダーツボードを拾うべく壁に近づこうとした時、穴から別の動物が顔を出しました。

「鹿の奴を追い払ってくれてありがとう」トナカイが、好々爺のような笑みを浮かべてサムに語りかけます。「お礼にプレゼントをあげよう。もっと近くにおいで」好々嫌な笑み。

 サムはトナカイの鼻先めがけて赤いダーツを投げました。五十点。赤鼻のトナカイだ。

「どうしちまったんだい。儂は鹿なんかじゃないというのに」困惑するトナカイに、

 それはお前が泥棒だからだ、とサムが啖呵を切りました。今はクリスマスでも、クリスマス前でもない。お前は偽物だ。

「ばれちゃあ仕様が無い。退散だ」トナカイはそう言うと首を引っ込めました。穴の向こうで、サクサクと雪を模した発泡スチロールを踏む音が遠ざかりました。

 今度こそダーツボードを拾おうとした時、またもや別の生物が顔を出しました。

「鹿とトナカイを追い払ってくれて誠にありがとうございます」巨大なシロアリが、官僚的な笑みを浮かべてサムに告げます。「おかげ様で、間もなくここの開発に着手できます」

「えっ、シロアリが出た?」サムの報告に仰天したお母さんでしたが、一通り部屋を調べて、

「なんにもなかったわ。きっと夢だったのよ」良かった良かったと引き返してゆきました。

 サムは壁を見つめました。穴があった場所は綺麗に塗り固められていました。

 サムは壁に耳をぴったり付けました。シロアリ達の歌う社歌が聴こえました。

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